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盲点だった。佐藤が私のこと、ずっと名字で呼ぶから、名前で呼ぶのがためらわれていた。呼んだ時に嫌な顔をされたらどうしよう、なにより、恋人ではないと、はっきりしてしまうのが怖くて。
ただ。佐藤の言葉が、文字通りの意味だけじゃない気が無性にした。
「もしかして、名前、呼ばれたかったの?」
佐藤は答えない。表情も以前のように飄々として見える。
でも。耳がほんのり赤くて。
私が、違いに気づいてなかっただけだったんだ。
ふーっとためいきをつく。ちゃんと息を吸うために。
「祥」
ゆっくりと初めて愛しい人の名を呼ぶ。その響きはとても美しく感じられて。
「名前呼ばないなんて、もったいないことしてた、私」
そう言って笑うと、ゆっくり抱き寄せられた。
祥の表情は変わらなく見える。でも、身体越しに感じる鼓動が早い。
「遥……」
耳元で名前を呼ばれて、ひどくどきどきする。
「俺、くだらない意地張って、傷つけたし、いろいろ損した。ごめん。名前、呼べばよかった」
「ほんと、私の気持ち、全然わかってないよ……」
「うん。遥の気持ちも、自分の気持ちも、結構、わかってないって、気づいた」
「ほんと、こんな始まり方、したことないんだよ!」
「うん。こんなドラマティックなことが、人生でそう何度も起こる訳ない」
「でも、あの時、ああするのがすごく自然だった。だから、お互い求めてたって祥が感じたのは、正しかったよ」
「あの時だけじゃなくて、これからもずっとそう感じると思う」
「結構、ロマンティストだよね」
「今頃気づいたか」
そう言って、祥は私の顔を見つめ、頭を撫でた。
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