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③
「やだ! 怖い! もう帰る!」
病院に行くより、海に飛び込む方がよっぽど怖いと思うのだが。
それに帰りたいなら桟橋にもどったほうがいいじゃないか。
そう思いつつ海は、スロットルを回し桟橋に船を近づける。
「やだ! やだ! やだ! やめて!」
ナオミはバウから海の方にさらに体を乗り出した。そこで、ワイヤーをはなすと海に落ちてしまう。
「わー、まって、まって。まってよ。君。分かった。船を止める」
再びスロットをもどす海。ナオミは、踏みとどまった。
海は、桟橋の3人を見た。何かを相談しているようだ。やがて、女性が海に言った。
「あのー。すみません。ご迷惑をおかけして。私たち児童養護施設の指導員なんです。その子を病院に連れて行く途中だったんですけど、不安がこみ上げてきたみたいで、急に逃げ出してここまで来たのですが……。あのー。今から、船でどこかへいかれるのですか?」
「いえ、ちょっとその辺を船外機のテストをするために回ってくるだけです」
海は、女性の指導員に向いて言った。
「まことに申し訳ありませんが、その子を乗せてもらっていいですか。すぐ帰ってこられるのなら、その子の気分転換にもなると思うんです」
本当に申し訳なさそうに、女性指導員は言った。
「はあ、それであの子がおとなしくなるなら、別に構わないですけど。指導員さんもこのヨットに乗られますか」
海のその言葉を聞いて、ナオミが叫んだ。
「やめて、こないで。昌子先生が来たら飛び降りるからね」
昌子先生と言われた女子指導員は、
「そう。わかった……。じゃあ、あの、彼女だけ、よろしくお願いします」
とだけ言って。海に頭を下げた。海とナオミの2人で行ってほしいと言う意味だ。
「……わかりました。じゃあ、ちょこっと行ってきます」
とは言ったものの、えらい迷惑だ。海は、おんじをみた。
「おい! 気をつけてな。何かあったらボートですぐいくからな」
おんじが、手を腰に当てて言った。
「ハイ、大丈夫だと思います……はあ……」
ヨットを走らせながら海は、改めてナオミを見た。児童養護施設の職員ときたと言う事は、本人か家庭環境になにか訳ありだな。でもまず、船に乗ったからにはライフジャケットを着てもらわないとなあ……。他人に物を頼むことに海は、ストレスを感じる。
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