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 海に出る者にとってライフジャケット着用は、必要最低限のマナーである。ライフジャケットを着用せざる者は、海に出るべからず。(かい)が最も大切にしている行動規範だ。  (かい)は、ライフジャケットを取りだし、 「ねえ君。このヨットに乗っている限りは、これを着てもらうよ」  バウにいるナオミに話しかけた。  しゃがんでいる少女は、(かい)の言葉を聞いているのかいないのか沖を見たり海面を見たりする。 「じゃあ、降りてもらうしかないな」  (かい)はきっぱりと言った。  (かい)の言葉に少女は、また海に飛び込むと騒ぎ立てると思ったが、慌てたように振り返って、 「着るし! かして!」  奪い取るようにしてライフジャケットをつかんだ。すぐにナオミは、アームホールに腕を通し、いそいでファスナーを上げた。 「これでいいんでしょ。なんか、窮屈だし。もう脱ぐし」  (かい)を睨みつけるナオミだが、言葉に反してライフジャケットを脱ぐようなことはしなかった。 「うん。それでオッケイ。じゃあ、ちょっと海のおさんぽをするかな」  ひとまずほっとする(かい)だった。ナオミには翻弄されっぱなしだ。  桟橋では、3人の児童養護施設指導員とおんじがずっと見守っている。(かい)は、軽く手を振ってスロットルを回した。ブルルルルルルンと船外機が音をたてて港外に向けて走り出した。  ナオミは、相変わらずバウで沖を見ている。  変わった子だ。(かい)が始めて見るタイプの少女だった。  いきなり飛び込んできてからは、(かい)が、何をしたと言うわけでもないのに。ずっと怒ったような口ぶりだ。    今も、海に出て喜んでいるようでもない。むしろ、頭を抱えている。(かい)には、ナオミが自分のとった行為を反省しているように見えた。  20分ぐらい航行して、ヨットは桟橋にもどった。その間ナオミはずっとバウで座っていた。 「おかえり」  おんじが手を挙げている。その腕に向けて(かい)は、ロープを放り投げた。ヨットを桟橋に横づけする。  ナオミは、ヨットから降りて桟橋に渡ってからライフジャケットを脱いだ。(かい)の言った、『ヨットに乗っている限りは着てもらう』という言葉を覚えていて律儀に守ったのだろうか。  このナオミと言う少女は、偏屈なのか素直なのかよくわからない。言葉遣いは荒いが、こちらの言うことはちゃんと聞くようだ。全く(かい)が初めて見るタイプの少女だった。(かい)は、少しナオミの存在に興味を持った。
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