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⑤
ナオミは、すぐに昌子にヨットに乗ったことを嬉しそうに話している。
「あの、どうもご無理を言って申し訳ありませんでした。この子には、いろいろと事情がありまして。おかげさまで気分も落ち着いて、楽しかったようです」
昌子は、海に深々と頭を下げた。そして、ナオミに言った。
「お礼を言って」
ナオミは、にこりともせず小さい声で、
「ありがとう」
と顔も合わさず言った。
「はあ、何かお役に立てたのならそれで……」
それくらいしか、海は返す言葉を思いつかなかった。
ナオミと昌子そして、その他2人の男性指導員は連れ立ってハーバーを出て行った。病院の方に向かっている。
「何だいまのは? 女の子はちょっと可愛いかったけど、すげー愛想が悪かったな」
おんじが、桟橋でしゃがんで海に話しかけてきた。
「うん。何か変わった子だったよ。病院に行くって言ってたから何か病気なのかな?」
船外機にカバーをかけながら、海は、言った。
「また、来るかな?」
と、おんじ。
「いやもう、来なくていいです」
正直な感想だった。
三日後。
海は、ハーバーで契約しているオーナーのヨットをメンテナンスするバイトをしている。毎週3回ハーバーにきてメンテナンスをする。
昼食をすませて、1艇1艇、船体のチェックをしている時だった。背後から女性の声。
「あのう、すみません。先日ナオミがご迷惑をおかけしたヨットの方ですよね」
「え? ああ、ヨットに飛び込んで来た子の……。確か児童養護施設の先生……でしたよね」
「はい、私、児童養護施設優光園の指導員をしてる相模原昌子といいます。先日ここへ来た園生の沢村ナオミの支援担当をしています」
昌子は、名刺を出した。
「はあ、どうもご丁寧にすみません。僕は、鳴門海洋大学の4年生で、吉原海といいます。御覧の通りここでバイトをしています。あの時は、何かバタバタして、僕もよくわけが分かりませんでしたけど。あの子、ナオミさんはその後大丈夫だったんですか?」
「ええ、おかげさまで、何とか落ち着いて病院に行くことができました」
「そうですか。あの、不躾な質問ですが、ナオミさんは、何か病気なんでしょうか? あのような行動の子を見たのは初めてだったものですから……。あの、不都合なら別にお答えにならなくてもいいんですが」
「ええ、そのことでお話があって、今日は参った次第です。もしお時間がよろしければ……。」
昌子の畏まった物言いに、立ち話では済まないと悟った海は、
「何か、込み入ったお話ですか? じゃあ、このハーバーのカフェで聞きますよ」
と言って、ヨットハウスのテラスにあるカフェに昌子を案内した。
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