スカイトレーサーズ!

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 キトゥンタグ練習用の、フリーの立体フィールドスタジオは多くない。それでも都内であれば地方よりは多く、また場所が限られれば、集まる人達もある程度固定化されているのが実情だ。  休日のことだった。白亜が行きつけのスタジオで練習をしていると、背後から声を掛けられた。振り返ると、そこには見覚えのない男女二人組が立っていた。 「君が白亜・シャムロック?」  男の方が言う。白亜は頷き、警戒心を露わにして男を見た。男の背後に佇む女は、感情の伺えない顔でこちらを見ている。 「僕は『HAUSEN』の所属トレーサー、ヴィクトール・ヴェルナー。こちらはメルセデス・レイン」  「ヴィクトール」と名乗る男に掌を向けられ、「メルセデス」と紹介された女は軽い会釈をした。白亜は訳も分からず、つられて会釈を返す。  会話の流れから、HAUSENは恐らく社名だろうと判断し、白亜は自分の記憶を辿る。確か、最近台頭してきた自動車会社だったように思う。そのHAUSENのトレーサーが自分に何の用があるのかと白亜が聞こうとしたところ、ヴィクトールが白亜の言葉を遮った。 「ウチにトレーサーはこれ以上いらないんだよね。白亜・シャムロック、僕と勝負して、負けたら引退してくれないかな?」 「は……?」  話の流れが読めずに、白亜が唖然としてヴィクトールを見ると、ヴィクトールは驚いたように目を見張った。 「まさか、何も聞いてないワケ?」  何も、と言われても、何が、としか白亜には言えなかった。そう返すと、ヴィクトールは可笑しくて耐えられないといった調子で笑いだす。その様子に、人を小馬鹿にするような響きを感じ、白亜は酷く不快な思いがした。後ろにいるメルセデスの表情は先程から少しも変わらない。 「キミのとこ……三葉スプリングは、ウチに買収されるんだよ。教えて貰ってなかったんだ? それは悪いことをしたね」  そんな話は父親から聞かされていない。嘘だと信じたかった。しかし、父親を問いただしてみなければ、真相は分からない。完全に気が動転してしまった白亜は、父に事実を確認しようとその場から去ろうとしたが、ヴィクトールに引き留められてしまった。 「待てよ。勝負、逃げんの?」  ヴィクトールの声が、低く重くなる。白亜は背筋の冷える思いがしたが、それと同時に、カッと体の芯が熱くなるような思いがした。いきなり現れて、勝負を吹っ掛けられ、去ろうとしたら馬鹿にされるなんて、白亜にとって理不尽極まりない。怒りの炎が、白亜の胸に燻る。 「……受けて立つ」  吐き捨てるように言って、白亜はその場を後にした。
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