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家に着いて早々、白亜は父親に詰め寄った。
「うちが買収されるって……嘘、だよね?」
「……その話を誰から?」
白亜は唖然とした。父親の口ぶりから、買収の話が本当であることを悟り、膝から力が抜けて床にへたり込む。父が気遣わしげに白亜に近寄るが、白亜は父の手を振り払った。
「そんな大切なこと……家族のこと……どうして話してくれなかったの?」
何よりも、この話を父から聞けなかったことが、白亜にとってはショックであった。白亜と父は二人きりの家族だ。それに、三葉の所属トレーサーである以上、白亜も会社の一員であると思っていた。それなのに……。悔しくて悲しくて、白亜の瞳から涙が溢れて床を濡らす。
「きちんと話すよ。白亜、そこに座って」
父は意を決したように、白亜をテーブルにつくよう促した。白亜は自分の目元を乱暴に拭い、席に着く。やがて父は、ことの経緯をぽつぽつと話し始めた。
三葉スプリング。白亜の父が経営している、小さな町工場である。自社製品であるコイルスプリングの技術を使用して、技術者のアイザワが社内数人の協力を得て開発したホバースニーカーがヒット、トレーサーである白亜の活躍もあり、キトゥンタグ界でも存在感を増してきた。
そして今、三葉は買収されようとしている。買収を仕掛けてきた企業は、「HAUSEN」。
買収について白亜の父の一番の心配は、社員の待遇であった。提示された給与は、期待していたほど高待遇とは言い難かったものの、悪くは無かった。しかし、相手方の担当者との話し合いの最中、ゆくゆく技術部門は首都圏本社に転勤、その他社員は辺鄙な地方拠点へ転勤させる腹づもりであることが分かった。つまり、HAUSENが必要としているのは三葉の技術部門であり、このまま買収に応じれば、他部署の社員は強制的に地方転勤、応じなければ自主退職を勧められるだろうことは容易に予想ができたのである。
三葉の主要株主は、父と、母方の親族達だ。父が会社を立ち上げる際、母が頼み込んで出資をして貰ったものの、父とは折り合いが良くなく、母が病気で亡くなってからは殆ど交流といえる交流も無い程であった。
HAUSENの買収にあたり、父は株式譲渡の承認を請求された。父は株式の譲渡を待ってもらえるよう親族に掛け合ったが、けんもほろろに突き放され、承認しないのであれば父が買い取るようにとまで言われてしまったのである。小さな会社である三葉に、そんな資金をすぐに用意することは不可能であった。
父は、白亜を自社の一員として、包み隠さず事情を語った。それは父親として娘に知られたく無かった事ではあるが、まだ高校生である娘には分からないと隠す方が、不誠実であるように感じられたからだった。
「という訳だ。だが安心してくれ、父さんが何とか……」
「……私に、考えがある」
「はっ? おい、白亜!?」
白亜は急に立ち上がると、一目散に玄関に駆けていった。父は唖然として、その背中を見送ることしか出来なかった。
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