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さあッ皆様大注目のこの試合! トレーサーは新進気鋭の「三葉スプリング」、白亜・シャムロック! 使用アイテムはホバーブーツ「Sanyoh LT-2000」!
対するは「オニヅカホールディングス」の御曹司! 泣く子も黙る暴れ獅子、獅童・オニヅカ! 使用アイテムはホバースニーカー「Xero Gravity」だ! 両者エンドゾーンについてッ READY~~~~~~GOゥッ!!
騒々しい司会の掛け声とともに、対峙していた二人の男女が勢い良く地面を蹴った。女は壁を三角飛びで駆け上り、高所を目指す。男は不敵に笑いながら、女を追うようにして障害物を越えていく。
新スポーツ「キトゥンタグ」。「ホバーシューズ」と呼ばれる、空中浮遊可能な靴を用いたアクロバットスポーツとして登場以来注目を浴び、近年競技人口も増えつつある。障害物の設置された立体フィールドを、シューズの力と自らの身体能力で天井も壁もなく縦横無尽に駆け回り、相手が腰に装着した尻尾状のアクセサリー、通称「テイル」を取った方の勝利というルールで、競技相手への肉体的接触は禁止とされている。競技者は「トレーサー」と呼ばれ、多くのトレーサーはスポンサーを擁しており、スポンサーから提供されたホバーシューズを用いて競技を行うことで、企業の技術力とシューズの宣伝を行うことが試合のひとつの目的ともなっていた。
「白亜・シャムロック! 今日こそウチの傘下に入ってもらうぞ!」
「ヤダってば……」
呆れた声で呟く女は、迫りくる男の手から、くるりと後方宙返りをして逃れる。女の腰についた「テイル」が、男の手から間一髪のところですり抜けた。観覧席から歓声が上がる。その声は、白亜が逃れたことを残念がるものの方が多かった。
男、獅童・オニヅカのスポンサーで大企業であるオニヅカホールディングスと、女、白亜・シャムロックのスポンサーであり地元の小さな工場である三葉スプリングとでは、応援する観客の数にも、大きな違いがあるものだ。しかし、白亜にとって、声援の「数」は重要なものではなかった。
「やれーッ白亜!」
「白亜ちゃーん!」
三葉スプリング社長である、父親の声援。家族のように接してくれる、従業員達の声。それがいつだって、白亜の背中を押してくれる。仲間達の声を受けながら、白亜は壁を蹴り上がり、立体フィールド天井に設置されている手摺にぶら下がっている獅童・オニヅカのテイルへと手を伸ばした。
――が、獅童が手摺から手を離し、シューズのホバー機能をオフにして急降下したことで、取り逃すこととなってしまった。獅童のテイルが白亜の手を撫でていく。獅童は空中で回転し着地すると、矢継ぎ早に地面を蹴って頭上のバーを掴み、シューズの推進力と腕の力でぐんと体を持ち上げた。そのまま両足の裏をバーに付け、静止する。足の間でバーを掴む手の片方を離し、白亜に向かってちょいちょい、と人差し指で手招きし挑発する仕草まで見せた。
白亜はそれを追って、いくつかの障害物に跳び乗りながら地面へ着地した。ホバーシューズの出力を最大にして地面を蹴り、獅童が乗っているバーの向かいのバーに手をかける。勢いでぐるりと一回転すると、手を放して獅童の乗るバーの方向へ飛びながら、テイルへと手を伸ばした。
獅童はそれを認めて、乗っていたバーを蹴りながら後方宙返りをして背後へと跳ぶ。一回転して着地した壁を蹴り、バーにぶら下がる白亜のテイルを狙った。
白亜は獅童の来るタイミングに合わせ、後ろ方向へ反動をつけながらバーを離す。両足の間を抜けるように空中で前転しながら、獅童の背後を取り、テイルを掴んだ。やった、と思ったのも束の間、獅童が突然体を反転させ、にやりと笑って白亜を見たかと思うと、ギュンと音を立てて踏み込んだ。獅童のシューズが、踏み込みに反応して出力を上げる。勢いをつけた前転宙返りで白亜を飛び越えていき、白亜の背後を取ってテイルを掴む。獅童が地面に足を着くのとほぼ同時に、白亜も地面に着いていた。
「これは……ッ 両者テイルを手にしている!! 先に取ったのはどっちだーーッ!?」
双方、息を切らせて向かい合う。司会の言葉で、判定は映像判定となった。撮影用ドローンが撮影した映像が、スクリーンに映し出される。複数視点の映像から、先にテイルが体から離れたのは、獅童・オニヅカであることが判明した。
「勝者、白亜・シャムロック〜〜〜〜!!」
司会の言葉に、白亜が獅童のテイルを持ったまま拳を上へと突き上げた。ワァと歓声が響く。オニヅカHDの応援陣が、残念な声を上げた。
獅童が、持っていた白亜のテイルを投げてよこす。白亜はそれを受け取り、自分が持っていた獅童のテイルを同じく投げた。獅童が受け取り、悔しそうに舌打ちをし自分の髪を混ぜる。
「チッ……また俺の負けかよ」
「危なかった」
「次は絶対ぇ勝つ」
「うん。私も……負けない」
白亜が拳を差し出すと、獅童も拳を突き出して、二人は拳同士をぶつけ合わせた。フィストバンプを交わした二人は、互いに背を向けてフィールドを去っていった。
「白亜、お疲れ様」
「白亜ちゃん、良い試合だったわよ〜!」
「お父さん、アイザワさん」
白亜が着替えを済ませて会場から出ると、父親と、三葉スプリング開発技術者のアイザワが白亜の帰りを待っていた。
「坊の最後の加速は凄かったなぁ。やはりオニヅカの出力制御技術は一級品だ」
「あら、私は白亜ちゃんのしなやかな動きも好きよ。開発しがいがあるわぁ」
感心しながらうんうんと頷く父と、うっとり言うアイザワを横目に、白亜はいつものように礼を述べる。
「アイザワさんのお陰です。もう着地の衝撃ほとんど無いですよ」
三葉工業のホバーシューズの優れた点は、その衝撃吸収技術の秀逸さにある。お陰で、どんなに高い場所から着地しても、次の行動までのラグが少ないのが白亜の強みでもある。オニヅカHDはアイザワの技術力を買い、これまで何度も移籍を持ちかけてきたが、父に恩義があるアイザワは、その度移籍を拒んできた。ついにはトレーサー同士である獅童と白亜までもが、その技術を賭けて(というよりは、獅童が一方的に自分が勝ったら三葉がオニヅカの傘下に入ることを提示して)試合を行う始末であった。
優しい父親と会社の人達、厳しくも達成感のあるトレーニング、張り合いのあるライバル。白亜にとって、今は充実した毎日と言えた。
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