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天道へ続く門は、山を二つに割ったようなかたちをしていた。門の先の景色は薄いもやで隠されているが、中からかすかに楽しげなさざめきが聞こえる。
割れ門のすぐ隣には、先ほど六道の分岐点に鎮座していた、お地蔵さまの仲間がいた。ただし、こちらのお地蔵さまは雪兎よりも小さくて、柔和で女性らしい顔つきをしている。
文机の前にちょこんと座った彼女は、机の上の巻物を眺めていた。すぐかたわらに置いた平たい皿にはハスの花が生けてあって、まるで病院やホテルにいる、受付係のお姉さんみたいだった。
雪兎は心の中で、受付地蔵さまと呼ぶことにした。
「こちらは天界でございます。行き先はお間違いございませんか?」
受付地蔵さまの声は朝の空気のように涼やかだった。雪兎が聞き惚れていると、
「おう、間違いねえぜ」
てんとう虫が食い気味に返答した。
「ではお名前を聞かせていただけますか」
「長谷川雪兎だ! 今日から世話になる」
「はい、確かにこちらの世界でございますね。どうぞお入りください」
受付地蔵さまがそう言った途端、てんとう虫はするりと門の中へ入って行っていった。
「あ、てんとう虫さん待って。ぼくも……」
慌てて、てんとう虫のあとを追いかけようとした雪兎は、割れ門の手前で見えない何かに弾かれた。
透明な壁にぶつかったような衝撃だった。
尻もちをついた雪兎は、何が起こったのか受け止めきれず、呆然とそびえ立つ割れ門を見上げた。
「入れない……どうして?」
思わず、泣きそうに声がふるえる。
もう一度、門の手前まで這っていって手を伸ばしてみる。やはりそこには雪兎を拒絶する何かがあった。
受付地蔵さまを振り返り、すがりつくような視線を送る。
「あの、これ。変です。どうして先へ行けないんですか」
「お待ちなさい、さっき名乗ったのはいったい誰なの。あなたではないの?」
「はい。さっき名乗ったのはぼくじゃありません。てんとう虫さんなんです。ぼくのここに……肩に止まって、『長谷川雪兎』だと、ぼくの名前を言ってくれたんです」
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