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「まあ、なんてこと」
受付地蔵さまは天を振り仰いだ……ように見えた。
そんな場合じゃないのに、お母さんを思い出す。だって、グリルで焼いていた魚を焦がしてしまった、お母さんのような仕草なのだ。懐かしい顔が頭から離れなくなり、雪兎は胸が苦しくなった。
受付地蔵さまは目の前に広げた巻物をじっと見つめていた。それから雪兎に視線を戻し、また巻物に目を落とす。それを繰り返して、やがて「ああ」とため息をもらした。
「ごめんなさい。あなたの名前と魂のかたちが一致していたから、天道の門を開いてしまったけれど……あなたがそこを通るより先に、てんとう虫が通ってしまったわ。あの虫はいったいなんなの。どこで知り合ったの?」
「六本の道の分岐点を過ぎたところです。急に、ぼくの肩のうしろから飛び出して来て……。自分が『天への道先案内人』だと言ったんです」
「なあにそれ。そんな職業ないわよ。雪兎さん、よく思い出してね。六道の分岐点に大きな地蔵がいたでしょう。あなた、何か言われなかった?」
「嘘をつくと悲惨な末路が待っている、と言われました」
「それはあなたに言ったんじゃないわ。あなたの肩にとまっていた、てんとう虫に言ったのよ」
雪兎は思い返して、そういうことだったのか、と息をのんだ。
てんとう虫が『天への道先案内人』というのは、真っ赤な嘘だった。
最初から、雪兎を利用して天道へもぐり込むつもりで、こちらに近付いてきた。
六道の分岐点では、雪兎の肩のうしろに隠れて、大地蔵をまんまとやり過ごしたのだ。
すべてがひとつにつながって、すっきりしたはいいものの、雪兎の心の中にじわじわと不安が広がっていく。その不安をさらに大きくするように、受付地蔵さまは可愛らしい眉をハの字にした。
「ちょっと困ったことになったわね。一度あの門を通過してしまった不法侵入者は、いろいろと面倒な手続きを踏まなければ連れ戻せないのよ。つまり、すぐには本物の雪兎さんの入場枠を確保できない」
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