天の道先案内人

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「なあんて、さすがにあんまりよね。うん。そんな理不尽、許してなるものですか」 受付地蔵さまは決意に満ちた表情で、雪兎を見上げた。 「こうしましょうか。もう一度、人間道を生きてみるのはどう。前世で通った道への登録なら比較的、簡単にできるの。 意外に思うかもしれないけど、私は人間道が一番好きなのよ。 天界は、人間界に比べてはるかに寿命が長く、苦しみも少ない世界。でもそこで暮らしている者たちの顔はね、不思議とみんな似通(にかよ)ってくるの。なぜかしら? 悩み、惑うことが少ないせいかしら。 それ比べて、人間界を生きる人々の表情はさまざまだわ。だから私は、人間として生きる人たちを好ましく思うの」 再び、人間道で生きる。 もしかしたら、またお父さんやお母さんたちに会えるかもしれない。それはとても魅力的な提案に思えた。少なくとも、餓鬼道におとされるよりは、はるかにましだった。 しかし、雪兎はじっと足元を見つめた。 自分がどうしたいのか、どうありたいのか、初めて真剣に考えた。 歩いてきた道を、もう一度振り返る。 頭の中に浮かんできたのは、天道門へたどり着く前。六道分岐点で列をなしていた、さまざまな魂の顔、顔、顔だった。 「何か思うところが?」 雪兎がなかなか返事をしないので、受付地蔵さまは不思議に思ったようだった。 「あのぼく……できることなら、しばらくここにいたいです」 「えっ。ここに?」 「はい。ぼくはてんとう虫に出会うまで、誰かを蹴落(けお)としてまで幸せになろうとする人がいるなんて、思いもしませんでした。 お父さんもお母さんも、妹のりっちゃんも友達もみんな優しくて、誰かを陥れようなんて考えてなかった。 ただ今思うと、ぼくは大好きなみんなに守られてただけかもしれない。本当は意地悪な人間もいたけど、ぼくが気付かなかっただけかも。 ここにいれば、いろんな生命(いのち)のかたちに会えるんでしょう? 次にぼくがどんなものに生まれ変わるとしても、今のうちにいろんな人がいるって知っておきたい。 生まれる前に、ちゃんと見ておきたいんです」   「それが、あなたが望むことなのね? うふふ、ようく分かったわ。それなら……」 受付地蔵さまの文机のハスの花が、震えながら輝き出した。
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