罪綴じ島

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「――――?」 「なんだって?」  青年は言葉を発したが、何語か分からない。  塩原はこの時、ようやく青年に目がいった。青年は恐怖を覚えるほどに美しく、現実味がない。 「あぁ、日本人か。アジア人、ヨーロッパ人の見分けはつくようになってきたが、どの国の人間か、なかなか見分けがつかなくてね」  どう見てもヨーロッパ人寄りの青年は、驚くほど流暢な日本語で、気さくに話す。すべてにおいて現実離れした空間に、塩原は困惑するばかり。 「僕の名前はセジェス。本を読むのが大好きでね。自分の世界にある本も人も読み尽くして退屈だから、この世界に来たんだ」  彼は何を言っているのだろう? 自分は異世界人と言っているのだろうか?  人を読むってどういうことだろうか? 彼は何者なのだろう?  聞きたいことは山ほどあるが、口が動いてくれない。 「この世界の人達を読んでたら、各国の国王や大統領などに泣きつかれてね。だから、限定した人達を読むことにしたんだ。君達犯罪者をね」  さっきから、まるで他人は本だとでも言いたいような口ぶり。聞きたい。けど、口は相変わらず閉じたまま。 「この世界の経済はめんどくさいね。税金だのなんだのって。僕がいた世界には、そんなめんどくさい制度はなかった」 「この世界では、国民から集めた税金で犯罪者を生かす施設がたくさんあって、国民はそれを不満に思っている。善良な国民への被害はあまりにも理不尽だ。そう聞いたよ」 「だから僕は、すべての犯罪者を本に変えたんだ」  やはり、目の前の異世界人は人を本に変えることができるらしい。セジェスの言葉が真実なら、塩原も今から本に変えられてしまうということだ。  逃げなければいけない。なのに、指1本動かすことすら出来ず、声を出すことすらままならない。これもセジェスの力だろうか?  塩原が逃げようともがいている間も、セジェスの演説は続く。 「僕は読む速度がはやくて、ほんの数秒で読み終えてしまうんだ」  セジェスは残念そうに言いながら、宙に浮いている本を1冊手に取り、本をパラパラとめくる。塩原はその動作を見て、昔見たパラパラ漫画を呑気に思い出した。 「これで読み終わってしまうからつまらないんだ。だから、犯罪者をここに集めてもらって、本にする。  犯罪者のために使う税金は減るし、僕は本をたくさん読める。こういうのを、ウィン・ウィンって言うんだっけ?」  セジェスは持っていた本を宙に戻すと、塩原の前に来る。塩原の背中に手を回すと、妖しい笑みを浮かべた。 「君は、どんな物語が眠っているのかな? 罪人よ綴じよ、本よ綴じよ(リエ・リーヴル)」  背中に細長い何かが貼り付いた感覚がしたのと同時に、意識がなくなる。  塩原の体は真っ白になり、どんどん薄くなって分散していく。それらは背中に貼られた背表紙に吸い込まれ、黒い表紙のハードカバー本になった。  表紙と背表紙には、『塩原裕二』と金文字で書かれている。
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