私の妻

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「では、まず消毒をして頂いて、こちらを着てお待ちください。」 「は、はい…」 「産まれそうになったらお呼び致しますので。失礼致します。」 そう言うと、看護師さんはそそくさと分娩室へ戻ってしまった。 扉の横に置かれたパイプ椅子。 ひとまず、言われた通りに消毒を済ませ、畳まれた白衣に着替える。 …。 ………えっと 静寂で満たされた廊下に、ぽつんと一人取り残されてしまった。 どうすればいいかわからず、とりあえずゆっくりとパイプ椅子に座る。 …こんなものなのだろうか。 流れ作業からはみ出てしまった私は、右耳を分娩室に集中させる。 が、喋っている声は時々聞こえるものの、言葉が聞き取れるほどには大きくもない。 正直、私の想像とはかけ離れていた。 廊下まで響くほどの声と共に、妻がなるべく辛い想いをしないようにと祈る そんな ドラマのワンシーンのような想像。 勿論、十人十色という言葉は知っている。 それでも、やはりこの冷たい静寂が連想させるイメージは… どうしても、妻の容体を案じさせるものばかりであった。 ピッ…ピッ…ピッ…ピッ… 急に鳴り始める電子音。 この余計なタイミングの良さは 私の感情をさらに揺さぶる。 思わず、私は手を組んで目を瞑る。 機械が何に反応したかなんてわからない。 ただ何より この見えない何かから 溢れ出てくる嫌な予感から 1秒でも早く 妻を助けて欲しかった。
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