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Plaudite, acta est fabula.
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いつからここに居たのか。
どうしてここに居るのか。
そんな疑問が、唐突に、意識とともにぼんやりと浮かんだ。
「――――……きて、――――……ぇ、おきて」
誰かが、私を呼んでいる。
その声は酷くくぐもっていて、遠く、不鮮明に聞こえた。
ここは、どこだろう。耳に入ってくる音のすべてが、揺らいで、反響して、混じり合っている。そう、まるで――――水の中に居るような……。
――――水?
「……っ、」
息が、苦しい。
空気を求めて口を開けると、こぽっと口から空気が泡が抜けて、代わりに水が入ってくる。
悲鳴とともに肺に押し込まれる水に、苦しくて、苦しくて、伸ばした手で宙を掻く。その手を、ひんやりと冷たく、柔く、けれど、春を告げる麗らかな陽だまりのような、温かな誰かの手が握った。
そして、重たい水の中に沈んでいた体を、頼りない小さな手が、想像もつかない力で強く引き上げる。
ざぶん! と音がして、大きな雫がぼとぼと落ちた。
濡れた体を冷たい風が撫でる。圧し掛かる水の重さから解放された瞬間、自分の身体が酷く重くなった気がした。
「――かはっ、ごほっごほっ、ひゅ、」
切望していた酸素が肺に入り込み、水を出す。咳き込み、息苦しさに喘ぎながらも、新鮮な空気をむさぼる。その動作が酷く、酷く懐かしい気がした。
「ああ、よかった。また死んでしまうかと思ったわ」
噎せる私の背中を、柔らかな手が摩る。その手の温かさと、自分の体温の差に身震いしながら、ぼやける視界の中で、私の背を摩る主を見た。
「ごめんなさいね、もっと早くに助けに来ればよかったわ。あちらとこちらって、時間の流れが違うから。私ってば、うっかりしていて……」
空のような群青の瞳に、暖かな春の日差しを思わせる金の髪。ふっくらと上気した頬に、ぽてっとした唇が愛らしい。髪には目を引くような美しい花々が咲きこぼれ、湖面に反射する陽の光で織ったような、美しい白のドレスに身を包んでいる。
推定、四、五歳くらいの、美しい女児だった。
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