仕組まれた再会

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「やあ、また会えたね」 そう声を掛けると、彼女は目を見開いて俺の顔を見つめた。 そこには、驚きといくらかの期待があることが見て取れた。 思った通りだ、と俺は心の奥でほくそ笑んだ。 彼女──月根沙樹(つきね さき)と出会ったのはニ週間ほど前に行われた婚活パーティーでのことだった。 東京都内の小さな会場にて、20代から40代の男女20人程度が集まり、食事と会話を楽しんだ。 楽しんだ、というと語弊がある。 実際には、自分の結婚相手に相応しい人間が居るのかどうか、お互いに値踏みし合っている奇妙な空間だった。 男も女もロマンもクソも無い。 そこにあるのは、欺瞞と打算と上っ面の笑顔だ。 もっとも、俺の狙いは更に醜いところにあるのだが。 「あの、好きな音楽とかありますか?」 「え? えーと、最近の曲はちょっと分からないんです。すみません」 「ああ、分かります。僕も、若い子とか皆んな同じように見えちゃって……」 「ですよね。嫌だなぁ、学生の頃はそんなんじゃなかったのに」 「あはは……」 パーティー会場で見初めた女と軽い会話を交わす。 ちょっとしたやり取りで確信した。 思った通り、落としやすい女だ、と。 それが、月根沙樹だった。 「それで、沙樹さんはどんな音楽がお好きなんですか?」 「え? そ、そうですね。クラシック音楽とか」 「そうなんですか。奇遇ですね! 実は僕もクラシック音楽が好きなんですよ」 「ほ、本当ですか?」 「はい。いやあ、嬉しいなぁ。あんまり出会えないんですよ、クラシック音楽好きって」 「ですよね。お堅いイメージがあるのか、ちょっと引き気味に見られちゃうんですよね」 「はは、あるあるですね。実際はそんな敷居の高いものでもないのに」 大人の笑顔で応じながら、内心ではため息をつく。 実際のところ、俺はクラシック音楽なんて好きじゃない。 だが、ある程度話を合わせることができる程度には知識を持っている。 「因みに、好きな作曲家とかありますか?」 「そうですね。僕はチャイコフスキー辺りが好みですね」 「あら、ロマンチストなんですね」 「いやあ、そんなつもりは無いんですがね。沙樹さんはどうですか?」 「私は何と言ってもバッハですね。バロック音楽の奥深い荘厳さがたまらないんです」 「へえ、沙樹さん、可愛らしい見た目とは裏腹に渋いところが好きなんですね」 「え? いえ、そんな……」 軽い調子で“可愛らしい”と言ってやると、彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめた。 ああ、言われ慣れてないんだなと察する。 髪型も化粧も服装も、何もかも地味な風貌だったので、まあ予想通りだ。 だが、アラサーにしてこの初心な感じが俺のターゲットとしてうってつけだった。 クラシック音楽を好むあたり、長らく箱入り娘をやっていたと思われる。 親の言いなりになって真面目な学生時代を過ごし就職し、ろくに男を知らずにここまで来たんだろう。 そして、30近くになってから急に親から結婚なり孫なりをせびられるようになったんだろう。 こんな風に浮世離れしていれる様子から、まともな恋愛経験すら無いとみた。 実に容易い相手だ。 今回は楽に儲けられそうだ。 俺は表向きには紳士的に、その裏では悪魔的にほくそ笑んだ。 彼女とは、パーティー会場ではひたすら音楽の話で盛り上がった。 俺自身はクラシック音楽なんて好きでも何でもなかったが、 以前に関わった女と話を合わせる為に身に付けた知識が、思わぬ形で生かされた。 そんなわけで、「また音楽の話でもしましょうね」と言って俺は沙樹と連絡先を交換することに成功した。 それからニ週間して、東京から離れた愛知の某所にて、俺は沙樹との再会を果たした。 「こんなところで会うなんて……」 「僕もびっくりしたよ。沙樹さんに似てる人が居るなぁって思ってたら、本当に沙樹さんだったなんて」 お互いに驚きながら笑う。 なんてね。 俺は全て計算ずくで動いている。 婚活パーティーの後、沙樹とは何度かメッセージでやり取りをしていた。 他愛無い会話の中で、彼女の行動予定についてそれとなく聞き出し、把握していたのだ。 今週の土曜日に、彼女の地元の名古屋にて高校の同窓会があることを。 それに合わせて俺も名古屋に赴いた。 そして、偶然を装って鉢合わせた風にしたのだ。 浮かれた女なら、勝手に運命でも感じてくれるだろう。 「出張で名古屋に来ていたんだ。  まさか、こんなところで沙樹さんに会えるなんて思ってもみなかったよ」 「そっか。不動産会社の営業なんでしたっけ。忙しいんですね」 「ああ、まあね。でも、沙樹さんの顔を見たら仕事の疲れも吹き飛んだよ」 「またまた、相変わらず口がお上手ですこと」 「いやいや、本心からだって」 お互いに冗談めいた軽口を言い合って笑う。 この一週間、メッセージのみのやり取りだったが随分と距離を詰めることが出来たようだ。 やはり、踏み込んでしまえは後は早いタイプとみた。 「あのさ、もし良かったら少しお茶でもどう?」 「良いですね。是非」 俺の誘いに沙樹は満面の笑みで頷いた。 そうして、適当に目についた喫茶店に入った。 「沙樹さんはどうしてここに?」 「高校の同窓会があって、それで」 「へえ。じゃあ、地元が名古屋なんだ」 「そうなんです」 「じゃあ、今の内に沙樹さんのご両親に挨拶しておこうかな」 「え?」 「なんてね。冗談だよ」 俺はあくまで何も知らない風を装った。 その上で両親への挨拶というワードを入れて、相手をドキッとさせることも忘れない。 これで、冗談混じりとはいえ、沙樹も俺との結婚を意識するようになるはずだ。 現に、今も顔を赤らめてオロオロしている。 その顔にまんざらでもない気色を帯びながら。 「そ、それにしても出張で名古屋にまで来るなんて、不動産の営業って大変なんですね」 「ああ、まあね。取り扱ってる不動産は全国各地にあるから。仕方ないことなんだ」 「そうなんですか」 「まあ、顧客の要望次第では大阪にも福岡にも行くことだって珍しくないよ」 適当なことを言う。 はっきり言って全部ウソだ。 俺は今は大手不動産会社の営業の清木善文(せいき よしふみ)と名乗っている。 もちろん、偽名だ。不動産会社に勤めてもない。 これは、月根沙樹という女に向けてのウソの姿だ。 全ては彼女から金を吸い取る為のウソの姿だ。 「ところで、高校の同窓会に行ってきたんだよね。どうだった?」 「ええ。やっぱり皆んな変わってました。  女友達は結婚してたり、なんなら子供がいてたりで……私は置いていかれてるなあって」 「ああ……でも、沙樹さんだってまだまだ若いし、何より綺麗なんだから焦る必要はないよ」 「やだもう、そういう慰めはやめて下さい」 「いやいや、本当にそう思ってるんだって。大体、君を選ばない男の方がおかしいんだ」 「私、ずっと仕事ばかりしてて他のことが見えてなかったから……」 「じゃあ、もし良かったら僕と……」 より二人の距離が近づこうとしたタイミングで、携帯端末から電話の呼び出し音が鳴った。 俺は「ごめん」と断ってから電話に出た。 そうして、彼女が見ている前で「え?」「何だって?」「そんな……」などと、 あからさまに狼狽えている様子を演じてみせた。 大きくため息をつきながら電話を切る。 すると、沙樹が心配そうに俺の方を覗き込んでいた。 「あの、どうしたんですか? なにかあったんですか?」 「ああ、実は実家の父が倒れたらしくて」 「えっ⁉︎」 「ごめん、沙樹さん。僕は今すぐに実家に行かなくちゃならない」 「え、ええ」 「本当に申し訳ない。また連絡するから」 慌てた様子で俺は喫茶手を出て行った。 その際、沙樹の分のコーヒー代を払っておくことも忘れない。 実家の父が倒れたと言うのはウソだ。 さっきの電話は俺が予め自分で仕込んでおいたものだった。 俺の親の体調が芳しくないという情報を沙樹に植え付ける為の自作自演だ。 とにかく、こうして俺は一足先に東京に戻った。 その後、沙樹とは電話やメッセージをたまに連絡する程度のやり取りを続けた。 敢えて頻繁にはしなかった。 父親の入院とその世話で忙しい風を装う為だった。 そうして10日ほど経った頃、ようやく事態が落ち着いたからと言って、改めて沙樹に電話を掛けた。 「しばらく放っておいて申し訳ない。  もし良かったら、明日の夜にでも食事に誘いたいんだけど、どうかな?」 『それは良いけど、お父様の容態は大丈夫なの?』 「とりあえずは落ち着いたってところかな」 『とりあえず?』 「いや、これは僕の家族の問題だから、沙樹さんは気にしないで』 『本当に良いの?』 「それより、明日の食事について話そう」 『あの、もし良かったら明日のお食事、私のオススメのお店を紹介したいんだけど』 「え、良いの? 沙樹さんのオススメなら大歓迎だよ」 『分かでた。じゃあ、明日の夜8時、渋谷の駅で待ち合わせでどう?』 「了解。楽しみだな」 『私も楽しみだわ』 やり取りはこんな感じで終わった。 計画通りだ、と俺はほくそ笑む。 家族の病気をネタにして同情心を誘い、金を引き出させる。 最初は数万円程度から。 少しずつ金額を上げて何度もせびる。 男女の関係になり結婚をちらつかせれば、もっと金を引き出しやすくなる。 こうやって、俺は過去に何人もの女から大金を得てきた。 ある時は経営コンサルタントを名乗り、ある時は弁護士を名乗り、ある時はフリーのデザイナーを名乗り……その都度その都度、顔も名前も変えた。 否、正確には顔は変わっていないか。別に整形手術をしたわけではないから。 髪型や体型を変えることで、印象が別人のようになる。ただそれだけのことだ。 今は、不動産会社の営業という設定なので、髪は短髪に体は筋肉質に仕上げて体育会系上がりの好青年風にしている。 俺は世間でいう結婚詐欺というやつだ。 ある程度まで金を搾り取った後は連絡を断つところまで、全くそのままだ。 婚活アプリや婚活パーティーといった場所は実に便利な狩場だといつも思う。 結婚を焦っている女性、それでいて自分に自信の持てない女性を俺は主なターゲットにしている。 そういう女は、少し話をすればすぐに分かる。 今回の月根沙樹は、典型的な狙い目の女だった。 (半年ぐらいかけて、最低でも300万円ぐらいは引っ張りたいな) そんなことを考えながら、俺は沙樹に会う為に渋谷の駅に向かった。 「久しぶりだね。なかなか会えなくてごめん」 「良いの。それより、お父様の体は本当に大丈夫なの?」 「ああ……まあ、うん。とにかく、お店に行こう。沙樹さんのオススメなんて楽しみだな」 「…………」 沙樹はあくまで心配そうな顔をしつつ、俺をとあるレストランに案内した。 路地裏に佇む小さくて素朴な店だった。 客は少ない。仕事帰りと思われる女性が三人、目につく程度だった。 「ここ、私のお気に入りのレストランなの」 「へえ、落ち着いていて良い店だね」 テーブル席に座り、ホッと一息つく。 その時、女性店員がメニューを持って現れた。 「いらっしゃいませ」 「──!」 俺は一瞬、息をすることを忘れるほどに驚いた。 現れた女性店員に見覚えがあったからだ。 彼女は2年ほど前に騙して金を取った「アケミ」だった。 「どうかしましたか?」 「いや、失礼。何でもない」 女性店員こと「アケミ」は焦る俺を見て不思議そうに首を傾げる。 どうやら、俺のことには気付いていないようだった。 そう言えば、あの時は経営コンサルタントの設定で髪型はオールバック、メガネを掛けて痩せ型の体型だった。 今とは随分と見た目の印象も違うはずだ。 道理で気付かれなかったわけだ。 俺はホッと胸を撫で下ろす。 「ねえ、何にする?」 「ああ、そうだなあ。何にしようかな」 「やっぱりシーフードのパスタかな。好きだったでしょ?」 「え? ああ、言ったことあったっけ?」 「ええ」 沙樹は悪戯っぽく笑う。 その笑顔に違和感を覚えつつ、俺は彼女に勧められるままにシーフードのパスタを頼んだ。 ほどなくして「アケミ」によって運ばれてきたパスタを食べながら、沙樹と話をする。 芸能人やスポーツといった他愛無い話をして、気持ちをほぐした。 そうしているうちに、後から客が入ってきたりして、何となく店内が賑わう。 良い雰囲気になってきた。 (じゃあ、そろそろ父親の治療に金がかかるって話を切り出すか) 沙樹に金の話をするタイミングを見計らう。 食事の手を止めて、話を止めて、俺はあからさまに暗い顔をして俯いて見せた。 「どうしたの?」 「ああ、ごめん。ちょっと先のことを考えてた」 「もしかして、お父様のこと?」 「え? あ、ああ。分かる?」 「ええ、もちろん。難しい病気でかなりの高額な治療費が掛かるのよね」 「え?」 「私に出来ることはない? って聞いても、最初は“君に迷惑は掛けられないから”って言うのよね」 「え? え?」 「それでも、少しでも足しにしてって言って最初に渡したのは10万円だったかしら」 「なっ……」 「それから、何かとお金を要求してきたわよね。  20万、50万、何だかんだで300万ほど出させた後、貴方は姿を消したけど」 「え? な、まさかお前……」 こちらが取るはずだった手段をペラペラと喋り出した。 思わぬ事態に驚いて目を見開く。 そんな俺を見つめる沙樹の目には侮蔑の色がありありと浮かんでいた。 「忘れちゃった? 私は“ミエコ“。3年前、貴方に騙された愚かな女よ」 「え? ミエコ? え?」 「あの頃より10キロも痩せて、髪型も化粧も変えたから気付かなかったかしらね」 沙樹が……否、ミエコが妖艶に笑う。 彼女は俺の知っているミエコではなかった。 俺の記憶では、彼女は小太りでいつもオドオドしている女だった。 「ここまで苦労したわ。貴方を探す為に、あちこちの婚活パーティーに参加して  貴方好みの女を演じ続けたんだから」 「ウソだろ。俺を騙してたのか」 「尤も、協力してくれた仲間に助けられてのことだったけどね」 高笑いをしながらミエコが店中に響くような大声をあげる。 すると、食事をしていた女性たちが一斉に立ち上がり、俺の方を向いた。 ハッとして目を見開く。 それら全ての女たちに、俺は見覚えがあった。 過去に騙してきた女たちの顔だった。 「事業を立ち上げる為の資金援助として渡したお金はどうなったのかしら、アキラ」 「部下が会社のお金を持ち逃げして急遽200万円が必要になったとか言ってたわよね、イクオさん」 「お母様の治療費として貸したお金、まだ返してもらってないわ。ウイトくん」 「結婚式場の予約費用、取るだけ取って何もしてなかったよね。エイイチさん」 恐ろしい笑みを顔いっぱいに湛えて女たちが迫ってくる。 どうすることもできず、俺は逃げ場を求めて店の出入り口へと目をやった。 そこには、にっこりと笑う女性店員──アケミが立っていた。 彼女が、真っ直ぐに俺を見つめながら言った。 「また会えたね」 その日、東京から一人の男の存在が消えた。 だが、その男の素性を知る者は誰一人として居なかった。 (終) ────────────────── 存在ごと消えて当然のドクズ野郎のお話でした。_(:3」z)_
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