第五章

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第五章

 最寄り駅からバスに乗って15分。  5階建てのマンション。  そこの4階にある部屋が私の実家だ。  正解に言うと、もう実家は無いけど。  エレベーターに乗ると、最上階の5階のボタンを押す。  結婚してからはパパだけが住んでいた。  パパにノアの話をしても「そんな猫は見ていない」って言われた。 「マンションの4階に猫が紛れ込んでくるわけないだろう」って。  確かにうちの部屋は4階だけど、エレベーターを降りて直ぐのところにあるから、猫ちゃんがエレベーターに乗って入って来たかもしれないじゃない?  ここに来るの、何年ぶりだろ。  私が結婚して家を出たのは24歳だったから、8年ぶりか。  違う違う。  5年前、父が亡くなってマンションの契約を解消した時だから5年ぶり。  5階に着いて、そこから屋上に行ける階段を登る。  屋上のドアを開けると青空が見えた。  屋上はぐるりと手すりで囲まれているだけで、落下防止用の柵は無かった。  今時珍しいよね。  だからここに来たんだ。    手すりから下を覗く。  落ちたら痛いだろうな‥‥。  でも一瞬か。  怖いのも一瞬だよね。  青天の霹靂というか、真面目なはずの夫が浮気していた。  偶然、若い女の子とラブホテルから出てくる所を目撃してしまったのだ。  ドラマではよく聞く話だが、自分の身に起きるとは思ってもみなかった。  夫は謝るどころか開き直って、夫の方から離婚話を切り出して来た。  だから、お別れしてあげた。  パパもママもノアちゃんも夫もみんなみんな、もういない。  これからずっと独りぼっちで生きていくのは、辛いよ。  私は屋上の手すりに両手を置き、下を覗き込んだ。  行き交う人が小さく見える。  吸い込まれるようだ。  ここから先に、孤独は無いのだろうか。
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