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第七章
「ちょっと、それ見せてね」
そういうと、子猫の口から取り出し、まじまじと見つめた。
‥これって‥‥。
高校生の時ハマったアニメ「私の知らない青木くん」の主人公、青木シオンくんのマスコットだった。
そして、初恋の彼との出会いのきっかけになったものだ。
なぜ、15年も前のキャラクターグッズが?
マスコットの顔は少し汚れており、年代を感じさせた。
突然、屋上のドアが勢いよく開くと、息を切らして入ってくる男の人の姿があった。
ドアに左手をかけながら、息を切らせ、右手で子猫を指差す。
「キミはその猫の飼い主か?
悪いけど、そのマスコットは俺にとって大事なものなんだ。
俺の大事な思い出なんだ。
返して‥‥‥‥」
彼の言葉はそこで止まった。
そして勢いよく私の方に歩み寄って来た。
私はびっくりして後ずさった。
逆光になっていて見えなかった彼の顔が、彼の歩みと共に顔が見え始める。
長身でボサボサの髪型。
端正な顔立ち。
私を見ると驚いて口を開け、目を見開いた。
「エナ!?
本当に、エナなのか!?」
と私の名前を呼んだ。
見覚えがある顔‥‥。
違う‥忘れたくても忘れられない顔‥。
「俺の顔、忘れたのか?」
忘れるはずがないじゃない。
「長谷川大翔(ヒロト)くん‥‥?」
彼の顔と、高校生の時に付き合っていたヒロトくんの顔と重なった。
彼は突然ボロボロと涙を流した。
長いまつ毛に涙をいっぱい浮かべながら、大きな瞳でしっかりと私を見た。
「ずっと、ずっと、エナの事を探してた。
また‥‥会えたんだね」
そう言うと彼は私を引き寄せ、ガッチリした大きな胸で抱きしめた。
一瞬であの頃を思い出す。
15年前。
何かあるとすぐこうやって私を抱きしめてくれた。
いつもこうやって彼の腕の中で安心を感じていた。
彼の匂いを力いっぱい吸って、幸せを感じていた。
でも、当時、私も若く、彼の優しさを拒絶して、彼に言った酷い事も、彼にした酷い事をした。
彼が女友達と仲良く話してるのが許せなくて。
ただそれだけで、心にもない「別れる」と言う言葉を彼に浴びせて逃げ出してしまった。
振られるのが怖くて逃げ出したんだ。
また、独りぼっちになるのが怖くて。
私は込み上げる涙を抑えきれず、ただ一言
「‥‥ごめんなさい」
と言った。
ずっと言えなかった。
変なプライドが邪魔をして、言えなかった。
彼は強く首を振り、
「俺がもっとエナの事を考えてあげていればよかったんだ。
謝るのは俺の方だ。
ごめん」
今も変わらず優しいんだね、ヒロトくんは。
私は子猫の方に振り向いて、唇に人差し指を当てて「シーッ」と言うと、その唇を彼の唇に寄せていった。
二人の間の時間を埋めるように、時間をかけて唇を重ねた。
しばらくして振り向くと、いつの間に、子猫はいなくなっていた。
あの子が導いてくれたのだろうか。
彼との出逢いの時のように。
孤独は次に大切な誰かに会う為の準備期間なのかも知れない。
そう思うと孤独も怖くなくなった。
今度またあの子に会えたら、
「また会えたね」じゃなくて、
「もう大丈夫だよ」と言おう。
そして、彼の感触を思い出すように、力いっぱいギュッと抱きしめた。
(おわり)
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