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もう考えるのは止めた。腐斑病のことも、天恵の地のことも。後ろには何もない、だから前へ進む。残っている力の全てを足に込めた。
どのくらい進んだのだろう。頭が痺れている。暗くて周りがよく見えず、砂地を擦るようにしか歩けない。もう夜なのだろうか。いつの間にか風の音もあまり聞こえなくなった。静止して力を貯めなければ、次の一歩を踏み出せないほど足が鈍い。
つま先に何かが当たり、前へと倒れ込んだ。衝撃は感じたが痛みはない。手で体を支えようと持ち上げた腕は、上体を起こすほどの力は入らなかった。ならば。
前へ伸ばした腕で地面を擦りながら引き寄せる。少しでも前へ。体が数センチほど動く。これを繰り返せばいい。まだ腕が動くうちに。
数回繰り返しただけで腕を持ち上げる力もなくなり、地面に顔を伏せた。思うように息が出来ない。頭の中で暗黒が広がり、こっちにおいで、と僕を誘ってくる。抗う力はない。それに吸い寄せられていく。
――お前の体は、まだ動く。
突然浮かんだ言葉が、わずかに指を前へ突き動かした。指先が柔らかいものに触れる。サウザの毛だろうか。いや、サウザは挫けそうな心が生み出した幻だったのだ。毛のはずはない。しかし、確かにさらさらとしたものが触れている。
それを見たくて顔を持ち上げた。利かない視覚で賢明に目を凝らすと、ぼんやりと映し出された。地面に生えた、細長い糸の塊が。
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