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獅子は後ろ足に力を貯める態勢をとり、毛を逆立てた。僕に闘う術はない。両手を脇に垂らして向き合うだけだ。久しぶりに誰かと話す高揚感からか、殺意を向けられても親しみが湧く。
獅子は動かずに様子を見ている。その顔は疑問へと変わりつつある。僕に興味を持ったに違いない。やがて構えを解き、悟ったかのように言った。
「ここでお前を食っても、一日も経てばまた空腹になる。だが、生かしておけば役に立つかもしれない」
「僕と共に行くのかい。賢明な判断だね」
「いや、そう決めたわけじゃない。まだお前がどこへ行くのか聞いていない」
値踏みをするような獅子の目に応えるのは簡単だ。
「僕が行くのは天恵の地と呼ばれている場所だ。暑くもなく、寒くもない。緑が豊かに生い茂り、あらゆる病に効く水が湧いているという。君も求めているのだろう、食べ物に困らず、安心して繁殖出来るような地を。そこはまさにそういう場所だ」
獅子は否定をしなかった。むしろ漠然としていた思考が明瞭になったかのような、目の輝きを見せた。
「お前がそこへ行くのなら、俺も行く」
「では今から同士だ。僕はセイン。北の山の麓にある、小さな村からやって来た」
「俺はサウザ。南の草原から来た……今はもう、そこに草一本もないが」
獅子の名が兄と一字違いなのを好ましく感じた。
「これからは知識を分かち合おう、サウザ。二つの頭脳があれば、進む道が確かになる」
「そうだな。南には何もない、お前の来た方も同じなら」
「残るは……」
左右の地平線に目を向けて、どちらへ進むか迷った。東の方の空はもう濃い暗色になり、西の方はまだ明るさが残っている。一人なら明るい方を選んだだろう。だが今は相棒がいる。
「東へ行くのはどうかな」
「オレもそう思っていたところだ。だが、もし間違っていたらどうする」
「その時は引き返せばいい」
獅子が頷く。相棒を得た喜びからか、歩くことを拒んでいた足に活力が戻っていた。
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