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頭を戻すと、その人が拳にした手を差し出してきた。ためらいながらその手を受け取ると、僕のてのひらに何か転がってきた。
木苺のような、赤い宝石だった。
「これを僕にくれるのかい」
尋ねても相手からの返事はない。しばらく待ったが、静かな呼吸音が聞こえるだけだった。仕方なしに僕はテントを出た。サウザも後ろからついてくる。
「あの技をやらないのか」
「回復の術のこと? あの人は腐斑病に罹っている。この病に罹っている人に使うと、悪化させてしまうんだ」
「腐斑病? 初めて聞いたな」
「世界中で広まっているのに知らないの?」
「俺は常に単独で、生きるだけで精一杯だった。そんなことまで気にかけない」
「知っておいた方がいい。あらゆる生物の臓器を襲う病だから。始めは痛みもなく気付かない。やがて体中が黒い斑になる。それが表れるともう助からない。最後は死に至る」
「人間の欲深さが生んだ結果だろう。大地を荒れ果てさせた報いだ」
「君も他人事ではないよ。この病の元は大気中に含まれている。息をしていれば罹る可能性があるんだ」
サウザは「ふん」と鼻息を吹いただけだった。
腐斑病に効く薬を見つけられず、人も動物も激減した。いつから世界が荒廃したのかは知らないが、天恵の地の水だけが唯一の望みだ。
「それより」
サウザが握った僕の手を嗅ぎながら言う。「お前が受け取ったのは、何だ」
「ああ、これか。宝石だよ」
「宝石? なんだ、石か」
「ただの石じゃない」
上空に宝石をかざした。空は曇っていたが、煌めく紅色の美しさは十分に分かる。それをサウザの目前に持ってきた。
「この鮮やかさに価値があるんだ」
「食い物ならまだしも、色がついてたって石は石だ」
つまらなそうに言って、サウザは先へと進む。
「持つ人によって価値は変わる。あの人はずっと握りしめていただろう。大事なものだったんだ」
サウザはあしらうように尻尾を左右に振った。休みそびれたその後は、日暮れまで無言で歩き続けた。
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