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「どうした」
「もう……無理だ」
「置いていくぞ」
「ああ、そうして」
サウザはしばらくそのままでいたが、やがて前を向いた。それでいい、行ってくれ。肩を下げて項垂れたら意識が薄くなり、僕の体はそのまま前へ、地面へと傾いた。
伏せるはずの体が宙で止まった。目を凝らすと横にサウザがいた。頭を滑り込ませて僕の体を支えてくれている。
「どうして」
「共に行くと言ったのはお前だ」
毛並みはごわごわで、よく見れば獅子の体はあばらが浮いて見える。僕と出会ってからは回復の術と水だけだったのだ。病に侵されていなくとも、いつ倒れてもおかしくないのはサウザも同じだった。友の声が頭に響いてくる。
「お前の体は、まだ動く」
「ああ」と返したが、足はまるで自分のものではないかのように動かなかった。
「俺の言葉を信じろ。これが最後の言葉だ」
「えっ」
もたれていた頭を上げると、サウザも顔を上げた。僕の目がおかしくなったのだろうか。友の体が透き通っているではないか。
「サウザ!」
「お前の体は、まだ動く」
そのとき吹いた風が砂をまき上げた。サウザの体はその中へと消え、そして散った。手を伸ばしたときは、そこにはもう何も残ってなかった。始めから獅子などいなかったように、砂地には足跡すら残っていない。呆然としながら目を瞬かせた。
「ああ、そうだった」
ようやく思い出した。平野で偶然見つけたのは獅子の亡骸だったのだ。兄さんと別れて心が折れそうだった僕は、ひと目見て獅子が生きていると思い込んでしまった。共に行くと決めたから、皮を剥いでずっと携えてきたのだ。
そんな大事な毛皮だったのに、砂地を前にしたときに手放してしまった。寂しさが胸に湧き、思わず呟いた。
「一人じゃない、きっと遠くから見てくれている」
体の奥底にほんのわずかな気力を感じた。立てる。足を前へ出し、膝に力を入れる。
僕は再び立って歩き出していた。
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