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1,20年前
岩井行人(ゆきひと)の初恋は、20年前、小学5年生の時だった。
それは、不思議な体験と隣り合わせの初恋だった。
その日は6月特有のジメジメした湿気と季節外れの暑さが相まって、不快指数の高い日だった。
少し体調を崩して午前中休んでいた行人は、昼過ぎ、趣味のミステリーの本でも借りようと図書館に行くため家を出た。
朝方まで降っていた雨はやんでいたが、湿度100%の所へ陽射が照り付けて、外に出るとすぐさま嫌な汗がにじみ出た。
家から5分ほど歩くと上り坂が3、4本に分かれていて、その坂の上に図書館があった。
3,4本と曖昧なのは、行人の記憶の中では4本のはずだったということで、メインに利用する見送り坂は車の往来も多く、坂の傾斜が一番緩く、リサイクルショップや美容院などが坂の途中にあった。
一服坂は両側にマンションやアパートが立ち並んでいて、明暗坂は木の茂った公園やお寺があり、名前通り木の陰は暗くなっていた。
そしてもう一つ、坂の下から見て一番左に狭くて暗くて急な坂があった。
その坂こそが、小学5年の行人に初恋を内包した奇妙な体験をもたらした坂だった。
夜にはとても通る気にならない妖怪でも出そうな不気味な坂で、普段はほとんど通らなかったが、その日はじっとりした蒸し暑さが行人のミステリーへの好奇心を誘い出してその坂に向かわせたのか、気が付くと彼はその急坂を登っていた。
道の両側には一軒家やアパートが並んでいて、どれも建物が道から見上げる形の高いところにあって、歩く視界のほとんどは石塀や石垣、そして建物を覆いつくさんばかりに茂った木々だった。
家々はひっそりしていて人影もなく、中には窓ガラスが割れ庭木が奔放に生い茂った空き家風の家もあった。
道幅が狭いので、道の両側の木々は接触寸前だった。その様はアーチといった生易しいものではなく、木同士の対決といった風だった。
まさにミステリーの舞台におあつらえ向けの家々を見て、行人の心臓は高鳴った。
その興奮のせいで、体調があまりよくないことを忘れていた彼は、坂の半分まで登った時、突然めまいに襲われた。
頭上に樹木がグルグル渦巻いて、行人は思わずその場にしゃがみこんだ。
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