1,20年前

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「大丈夫?」 その声に驚いて顔を上げた行人は、自分が異世界に迷い込んだかと一瞬錯覚した。 その声の主は彼と同年代の少女で、抜けるように白い肌は血の通わない作り物を思わせた。 立とうとしたが、ふらついて目の前の門柱に寄りかかった。そこには「立花」という表札がかかっていた。 その名字を見て、行人は声をかけた少女が自分と同級の生徒だと気付いた。 「立花さん?」 妖(あやかし)かと見紛うほど人間離れした白い肌の少女は、5年生の新学期に転校生としてクラスの前に立ち、そのエキゾチックな美しさが行人の心に深い印象を残したものだった。 一方少女の方は、行人が同じクラスの男子ということに気付いていないようだった。 それは、少女がほとんど登校していないという事実を考えると、仕方のないことだった。 彼女を最初に見て心を射抜かれるほどの衝撃を覚えた行人がすぐに気付かなかったのも、少女がこの1か月余り学校を休んでいるからだった。 存在感の薄い自分が彼女に認識されないのは当然と、行人は思った。 「僕、同じクラスの岩井です」 「あ、ごめんなさい。わからなくて」 そう詫びた後、少女はおずおずと申し出た。 「具合よくないのだったら、家で休んでいきます?」 「え、そんな」 と行人は辞退しようとしたが、体調不良にも増して強い好奇心が首をもたげて、少女の言葉に従った。 石段を登ると、灰色の石造りの建物が姿を現した。 あまり手入れをしていないと思われる庭木が建物にかぶさって、ミステリーの入り口のような雰囲気だった。 玄関の扉を開けると、家の中は外観から想像した通り薄暗く静かで、日常の生活感は影を潜めていた。 玄関のすぐ横の応接間に行人は通され、花模様の布張りのソファに横になるよう促された。 「ちょっと待っててね。かける物は毛布かタオルケット、どっちがいいかしら」 と呟きながら、少女は応接間を出て行った。 クッションを枕にソファに横になった行人は、現実感が戻らないまま室内をぼんやり見まわした。 彼の日常とは相いれない部屋だった。 木々の間を透かして外から見える、窓にはめ込まれたステンドグラス、天井から吊るされた、3つのガラスシェードの照明と、天井に四角く彫られた葉(リーフ)の模様。 マホガニーのテーブル、白いレースカバーのピアノ。 その上に飾られた写真は、少女とその両親だろうか。 それらの物は少女には似合うが、自分には違和感しかない。けれども、ミステリーの素材に使えそう。
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