ビヴァリーは雨の中

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「レインコートの下に鞄はなくても、包丁一本くらいは隠し持てそうよね。それから。仮に雨の中赤いレインコート姿で人を刺したら……返り血は目立たないし、すぐに流れちゃうと思わない?コンクリートの上だと足跡も残らないから……犯罪者にとって、雨の日のメリットはあってもデメリットってないのよね」 「そのくせ、目撃されても人の印象に残るのは、赤い傘とレインコートだけ?」 「そういうこと。コートと傘さえ脱いじゃえば、犯人を見つけることは難しくなる。ましてや、あんたがその人を見かけた裏通りは廃ビルばっかりで防犯カメラもない」  先輩はちらり、と窓の向こうを見た。  今日は雨は降らないという予報だが、明日はどうだっただろう。私はスマホを見た。明日はまた曇りらしいが、明後日の降水確率は、80%と出ている。 「次の雨の日を待ちましょうか」  水筒の蓋をしめながら、彼女は告げる。 「それから、あのビル周辺に住んでいる人を気にした方が良さそうね。バッグも何も持っていないで出てきてるなら、レインコート女は近くに住んでるでしょうし、標的も多分そのビルのすぐ近くに住んでる可能性が高い。……杞憂ならそれでいいのよ。ちょっと怪しいってだけでも、調べるに越したことはないの。誰かが傷ついてから慌てるより、よっぽどいいんだから」  そんな話をした、まさに数日後。  私と先輩は、とある男性を襲おうとした赤いレインコート女をすんでのところで捕まえることに成功する。どうやら、ストーカーというやつだったらしい。妻のいる男に勝手に惚れ込んだあげく、自分のモノにするためにつけ狙っていたというのだから恐ろしい話だ。彼は、あの通りにあるビルの管理人だった。雨の日に彼が通りかかるのをずっと待っていたというわけらしい。  ちなみに、元々私達が追っていた露出狂もこの一週間後に捕まることになる。晴れたら変態、雨が降ったらストーカー。世も末ではないか。 ――ほんと、ただ漫然と町を見てるだけじゃダメなんだな。  私が反省したのは言うまでもない。新人だからなんて、警察官になった以上言い訳にはならないのだから。 「よし」  六月。まだまだ雨の日は多そうだ。  私は気合を入れ直し、レインコートを着て交番を後にするのだった。
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