ゆるして、ゆるして。

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 ***  退屈な授業を終えて、放課後。  昨日も今日も明後日も、用事なんてないことはわかっている。私はランドセルに詰め込んできた教科書を全て机とロッカーにねじこむと、傘と財布、携帯だけ入れて教室を出た。  否、出ようとしたところで捕まった。 「カヤちゃん、一緒に帰ろ!」 「……コトリちゃん……」  同じクラスの友人、コトリちゃん。私より頭半分小さい彼女は、長いポニーテールをぴょこぴょこ揺らして駆け寄ってきた。やっぱり逃げられないか、と思う。今日くらいは、彼女と一緒に帰らずに済むかと思ったのだけれど。  コトリちゃんとは、幼稚園からの友達だった。かけっこが早くて、いつも笑顔で、クラスの中心的人物でいることが多かった彼女。勉強はできても地味なタイプの私とはまるで正反対。彼女が一緒にいてくれなければ、クラスでも孤立する場面は多かったことだろう。  イヤミなほどに、欠点らしい欠点が見当たらない少女だった。彼女と一緒に帰るのは日課で、それ自体を嫌だと思ったことはなかったはずだった。  あの時までは。  コトリちゃんが、私と同じ人を好きになってしまったと知るまでは。 「あれ、どうしたの?顔が暗いよ、カヤちゃん?」  私の心など知る由もないコトリちゃんは、きょとんとしてこちらを見つめてくる。一緒に帰りたくないなんて、断られるとは微塵も思っていない顔。ここで私が断ったら、彼女は退いてくれるのだろうか。 ――なんか。下手に押し問答になったら、それもそれで面倒くさいな。  少しだけ考えて、諦めた。今は何かの手間をかける心の余裕なんてない。どうせ、彼女と一緒に帰ったところで何が起きるわけでもないのだから。 「……別に、何でもない。ただ」 「ただ?」 「……本当に、なんでもないから」  水筒の水は、とっくに飲みつくしてしまっていた。学校にいる間は、授業中以外ずっと蛇口の水をがぶ飲みしてしまっている。早く帰りたくて仕方なかった。そうすれば、冷蔵庫の冷たいお茶が待っているのだから。  喉が渇く、渇く、渇く、渇く。  雨さえ降ってくれればきっと、この苦しみから解放されるというのに。
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