ゆるして、ゆるして。

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 ***  夜ご飯のハンバーグを食べて、風呂に入って、布団に入る。  そしてまたやってくる朝。目を覚ますたび、私はスマホの黒い画面に映った自分を見て絶望するような気持ちになるのだ。  いや、分かってはいるのだけれど、期待してしまうのである。私が眠っているうちに、雨が降ってくれてはいないだろうか、なんてことを。 ――いつまで、続くの?  起きると同時に、学習机の上を見た。教科書が、ランドセルの横にこんもりと積まれている。昨日確かに、教室に置いてきたはずだというのに。  いや、わかっている。だって、私はこの時間を延々と繰り返しているのだから。一縷の望みをかけてリビングへ足を運べば、今日もいつものように白いご飯に味噌汁を食べているお父さんと、キッチンで料理をしているお母さんの姿が。  そして、どれほど耳を塞いでも入ってくる、お天気お姉さんの声。 『今日は、全国的にいいお天気が続くでしょう。お布団も外に干して大丈夫そうです。昨日より気温も上がりますので、水分補給はこまめに行ってくださいね!』  今日も晴れ。けれど、明日、明後日の天気予報を彼女の口から聞いたことはない。ラジオをつけても、ニュースをつけても、やっている予報は今日のそればかり。きっとこの世界では、“そういう仕組み”になっているのだろう。  予報を告げれば、明日以降の未来がわかってしまうから。  未来がわからないことこそ――罰なのだから、と。 「あ、こら!」  キッチンで冷蔵庫に手をかけたところで、また母に叱られた。 「ちょっと、カヤちゃん!まずは朝起きたらおはよう、でしょ?」 「……ごめんなさい。おはよう」 「よろしい。今日もいいお天気ですって。傘持っていかなくていいみたいよ。良かったわね」 「……うん」  もう何回、同じやり取りを繰り返しただろう?私はあと何度、これを繰り返せばいいのだろう。  ペットボトルのキャップを開けながら、じわりと涙が滲んでくる。かぴかぴに乾いた頬を生ぬるいしずくが伝った。おかしな話だ、こんなに乾いているのにまだ涙と唾液だけは出るだなんて。  コップを握るては乾燥しすぎてあちこちあかぎれを起こしている。何も変わらない日々の中、私の状態だけが確実に悪化している。喉の渇きも、肌の乾燥も、何もかも全てが。 ――苦しい。  雨よ、雨よ、雨よ、早く。  ああ早く、早く、早く、早く。 「あっはっはっは!俺の勝ちだぜ!」  朝の通学班。ユキとタクミの会話も変わらない。  彼らは毎朝追っかけっこをして、必ずユキが勝っている。 「俺が勝ったから、放課後は大縄な!決定!」 「ええ、またぁ?いい加減、部屋の中で遊びたいよう」 「文句言うんじゃねえ!晴れの日が続く限り、俺は外で遊びたいんだよ!今日の降水確率は0%だってテレビの人が言ってたからな!」 「うげえ」  彼らは何年、何十年外で遊び続けているのだろう。早くタクミが勝ってくれないだろうか。そして、雨が降って家の中で遊んでくれないだろうか。  どれほど願っても、私の気持ちが届くことなどない。乾いた喉に苦しみながら水筒のお茶を飲む。段々、お茶の味が苦くなってきたような気がする。味覚が死につつあるのかもしれない。喉が渇くだけで辛いのに、味までわからなくなってしまったら私はどうすればいいのだろうか。  学校へ行き、退屈な授業を乗り越え、放課後へ。 「カヤちゃん、一緒に帰ろ!」 「……コトリちゃん……」
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