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翌朝、私と藤宮先生はICUにいる美矢ちゃんのもとへ向かった。
拓哉くんはじっと黙り込み、私たちの様子を窺っている。
「こんにちは、美矢ちゃん。気分はどうですか?」
ぼんやりと天井を見る美矢ちゃんに話しかけると、彼女はちらりと私たちを見比べた。
「……ねぇ、先生。さっき話したこと……やっぱり忘れてほしいんだけど」
私と藤宮先生は顔を見合わせた。
「どうしてですか?」
「だって……お母さんたちががっかりするから」
「そんなことありません。それにこのままじゃ美矢ちゃんは……」
「いいの。だって、私が我慢すればいいだけのことだもん」
美矢ちゃんはぎゅっと拳を握り、私たちから目を逸らした。
「美矢ちゃん、そんな悲しいこと言わないで……」
しかし、私の言葉を藤宮先生が静止した。
「美矢ちゃん。落ち着いて聞いてください。ご両親は、脳に異常がある可能性があります」
その声は、決して大きいわけではないのにどこまでも響いた。藤宮先生の言葉に、私も美矢ちゃんと目を瞠る。
「え?」
「娘さんを失ったショックか、元々の病かは分かりませんが、あなたと真矢さんを混濁している可能性があります。もしそうであるなら脳の病気の可能性もあるし、一刻も早く検査した方がいいと思います」
藤宮先生の指摘に、私は美矢ちゃんのご両親と面会したときのことを思い返す。
あのときの二人は、真矢ちゃんのことをとても心配していた。それは、娘を思う正しい親の姿だ。
(脳……か。たしかに小百合さんのことは私も少し気にかかった。精神的に異常があるかもとは思っていたけど、まさか脳になにか……)
藤宮先生の話も一理ある。でなければ、いくら双子とはいえ親が娘の区別がつかないなんてことがあるはずがない。
「嘘……」
美矢ちゃんは泣きそうな顔で目を泳がせた。
「もちろん、これはあくまで可能性です。俺はあなたのご両親には病状を説明しただけで深く接していませんし……だからこそ、ちゃんと話した方がいい。このままじゃ、絶対後悔すると思います」
藤宮先生の言葉に、美矢ちゃんは顔面を青くした。
「脳って……ど、どんな病気? 死んじゃったりしないよね?」と、今にもベッドから起き上がる勢いで藤宮先生に尋ねた。
「気になりますか?」
藤宮先生が尋ねる。
「当たり前でしょ! ねぇ、どうなの!? お母さん、大丈夫なんだよね!?」
すると、藤宮先生は小さく息を吐いた。
そして美矢ちゃんに目線を合わせると、少しだけ表情を柔らかくして言った。
「……ご両親も同じだと思いますよ」
「え……」
「ご両親もきっとあなたのことをすごく心配して、今のあなたと同じ想いをしていると思います」
「……それは……」
ぐらり、と美矢ちゃんの大きな瞳が揺れ動いた。その瞳に、わずかに後悔の色が滲む。
「死を選ぶということは、家族や友人、あなたを大切に想う人たちを裏切る行為です。それだけじゃない。病気で生きたくても生きられない人がたくさんいるこの場所で、あなたはひとつのベッドを使って、ここにいる俺たち二人の医師を独り占めしているんです」
藤宮先生は、隣で聞き耳を立てていた拓哉くんをちらりと見て言った。
「……そんなの、私の知ったことじゃ」
美矢ちゃんは拓哉くんを見たあと、バツが悪そうにすっと目を逸らした。
「そう思うのなら、次はもっと確実に、誰の迷惑にもならないように死んでください」
美矢ちゃんは眉を寄せ、藤宮先生を睨んだ。
「……なによ。勝手に助けたのはそっちのくせに!」
十六歳の女の子に対しても、藤宮先生はやっぱりいつも通りだ。険悪な雰囲気が漂い始める。
「ちょ……ちょっと、藤宮先生! そんな言い方しなくてもいいじゃないですか! 美矢ちゃんだっていろいろ悩んで……」
「……そうよ。あんたなんかになにが分かるの! なんであんたなんかに責められなくちゃいけないの」
「死ぬのはあなたの勝手です」
「だったら、なんで私を助けたの」
「それでも、家族は生きてほしいからあなたをここへ連れてきたんですよ。……俺たちは医師です。運ばれてきた患者を助けるためにいる。俺は、あなたみたいな死にたがりを助けるのが嫌になったから、救命から手を引いたはずだったのに……奇妙な縁で、あなたを見ることになった」
「…………」
美矢ちゃんが黙り込む。
藤宮先生の瞳がぐらりと揺らいだ。
「藤宮先生……」
「……そんなの決まっています。運ばれてきたあなたを見て、助けたいと思わない医師はいない」
藤宮先生の声が、ぎゅっと絞られたように苦しげに響いた。藤宮先生は指先が白くなるまで強く握り込んで、美矢ちゃんを苦しげに見下ろしている。
「それなのに死にたいなんて……ふざけないでくれ。だったらもっと山奥で、誰にも知られないまま死ねばいいんです……。こっちは命削って、死に物狂いであなたを助けたんだ。それで責められるなんて、とても割に合わない」
ICUの部屋中が、しんとした。
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