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「暗っ!」
「うわぁ……。どしたの、音無先生? また藤宮先生に怒られちゃったの?」
どんよりしながら投薬の確認をしていると、さっそく美矢ちゃんと拓哉くんにツッコまれる。
というか、なんだ。私が落ち込んでいるとすぐに藤宮先生に怒られたと予想を立てるのはやめてほしい。私にだって他に落ち込む事案はある。たとえば……いや、そうじゃない。
「またって……怒られてませんよ。通常運転、元気です」
思わずつんとした口調で言うと、二人は顔を見合わせてくすっと笑った。
「音無先生ってば全然誤魔化せてないよ。分かりやすすぎ」
「えっ」
「あー分かった。お母さんのこと、悪いとか思ってるんでしょ」
ぎくり。
「…………」
(……二人ともエスパーでしたか、そうですか……)
「……あぁ、美矢ちゃんのお母さん、まだ美矢ちゃんのこと『真矢』って呼んでるもんね。あれ、なに?」
拓哉くんが言った。さすが、デリカシーの欠片もない強靭な心臓の持ち主だ。私は拓哉くんの質問には答えずに、美矢ちゃんを見る。
「……小百合さんは、脳には異常を認められませんでした。ですので、多分……」
「精神的な問題なんだよね。分かってる。でも……いいんだよ。お母さんの中では、私は真矢で」
思いもよらない美矢ちゃんの言葉に、私は顔を上げた。拓哉くんも困ったように眉を下げて、美矢ちゃんを見つめている。
「お父さんはちゃんと美矢って呼んでくれるようになったし、先生も拓哉くんも、私のこと美矢って呼んでくれるし。だから私、もういいの」
私は堪えきれずに涙を流した。
「えっ! ちょ、泣かないでよ」
「だって……いいわけありません……なんでそんなこと言うんですか」
「そうだよ。美矢ちゃんは真矢ちゃんじゃないじゃん」
たとえ双子だろうと、いくら容姿が似ていようと、彼女たちは別の個体だ。どっちでもいいなんてことがあるわけはない。
「ちょっと、なんで拓哉くんまで泣くの」
いつの間にか、拓哉くんも泣いていた。
「だって……」
このままでは、美矢ちゃんは小百合さんの中で永遠に『死んでしまった妹』にされてしまう。
それでも暗い顔をする私に、美矢ちゃんは小さく笑った。
「いいんだよ。だってお母さん、ようやく笑ってくれるようになったから。……それに気付いたんだ。お母さん、真矢が死んだときすごく悲しんでた。私が自殺未遂した今回も、すごく心配してくれた。お母さんの中で私たちはごちゃ混ぜになっちゃってるけど、でも、どっちのことも愛してくれてること、今はちゃんと分かってる。だからもう寂しくないよ」
「美矢ちゃん……」
今度は美矢ちゃんが私の手を握ってくれる。
「先生は私の恩人だよ。私に、名前を言わせてくれてありがとう。これから頑張るから。絶対胡桃坂音楽学校に合格する。それで、トップになる」
思わず笑みが漏れる。彼女はどこまで強いのだろう。
「……美矢ちゃん」
「ん?」
「そのときは私……美矢ちゃんの晴れ姿、見に行ってもいいでしょうか?」
すると、美矢ちゃんは白い歯を見せて、にっと笑った。
「当たり前!」
「あー! ずるい! 俺も! 俺も行きたい!」
拓哉くんが元気よく手を上げる。
「もちろんです。じゃあ、拓哉くんも一緒に行きましょう」
「おぉ、いいねぇ! デートだね! 先生」
その日ICUでは珍しく、アラーム音の代わりに子供たちの笑い声が響いていた。
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