かつて、大地は球体だった

2/4
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
ようやく草むらの終わりが見えてきた。 「わあ…」 僕はその絶景を前に思わず声を洩らした。 さっきまでとは打って変わって、草木のない茶色い大地の空間。 ずっと向こうは何メートルもある高い断崖になっており、途方もなく広く青い海が一望できる。 断崖の下から波が打ち付ける音が絶え間なく聞こえ、潮の香りが心地よい風に乗ってここまで流れてくる。 ここに立っていると、まるで世間から隔絶された空間に放り出されたような気分だ。 家の近くに、こんな場所があったのか。僕は知らなかったけど、真実はここを昔から知っていたのかな…。 周りを見渡すと、すぐにテントが張ってあるのを発見できた。 今、真実はあそこで暮らしている。誰にも会わず、この風と香りと風景だけを友として。 「おーい、真実、生きてるか?」 僕はテントの僅かな隙間に向かって声をかけた。 「真実?居るんだろ?」 「誰?……ああ、なんだ、サトル君か」 テントの奥の暗やみから、真実が眠そうに覗きこむ顔がぼんやりと見えた。 「心配だから来てやったのにさ、そんな言い方ないだろ」 「帰って来いって言いに来たのなら、出て行って」 「違うよ、顔を見たかっただけさ」 しばらくすると、真実はめんどくさそうにテントから出てきた。 せっかくの美人なのに、髪もボサボサで、ちゃんと顔や身体を洗っているのかもわからない。 「いつもここで何してるんだ?」 「空と、海の観測」 真実、テントから大きな望遠鏡を出してきた。 「これで、お父さんの理論を証明するの」 「理論って」 僕はもう少しで笑いそうになったところを何とか堪えた。 「この世界が、実は平面だっていう話のことか?」 「うん」 「そっか……」 僕は、かける言葉がなかなか見つからなかった。 僕はその場に腰を下ろすと、真実も同じようにそこに体育座りした。どうやら真実は僕と話をしようという気持ちは持ってくれているみたいだ。 だが僕はかける言葉が見つからない。だから、僕は言うしかなかった。 彼女のために、言わないでおこうとしたことを。 「あのな、真実。確かに地球平面説ってのは、存在はしているのは僕も知ってる。でも、地球が球体だということは、僕たちが思っているより遥か以前から証明されてたんだよ。大航海時代に船が地球一周して初めて分かったとか、あれ俗説だから。もう今僕がここで説明するまでもなく、ネットにも図書館にも、いくらでもその根拠が転がってるんだよ。だから、その……」 きっと途中で真実の反論が飛んでくるだろう、そう思いつつ、諦めの境地で話していたのだが、真実はずっと虚ろな目で海を眺めているだけだ。僕の言葉が聞こえているのかどうかすらも怪しい。 「こうして、ずっと海を眺めていたい気持ちも分かるけどさ……」 「人の気持ちが分からない大人は、みんな同じこと言うけどね」 無表情の真実からそんな言葉が漏れた。 「……お父さんなら、きっとあの海の向こうのどこかで、元気に暮らしているさ。あの人なら、どんな環境でも生きていけるだろうなって、海を行くお父さんの姿見ながら本気で思ったもん」 「お父さんがどうなったかは、もう、私にとってどうでもいい」 「へ?」 意外な言葉に、僕は変な声を上げてしまった。 「出発する前の日の夜、お父さんが私に言ったの、本当はもうここには帰ってこれないことは覚悟している。それだけこの冒険は危険なんだって」 「まあ、そりゃ、大海原を一人で行くのはとても危険だろうね……」 「ううん、そうじゃない。『今度こそ本当に世界の真の姿を確認する、そして、それを知ったら、もう生きていくことは許されないだろう。それでも自分は、全てを知りたい』そう言ってたんだ、お父さん。だから、私はお父さんが生きているかどうかよりも、お父さんが真実(しんじつ)にたどり着いたことを、ただ、祈っているだけ」 正直、僕はその真実の言葉が様々な意味で理解できなかった。それでも、一つだけ率直な質問をさせてもらった。 「なあ、それなら何故こんなところに居るんだ?どうして他の人を拒むような生活をしているんだ?本当にお父さんのことで心の区切りを付けられたのなら、普通に町で暮らしていこうよ。何が真実をそうさせているのか、教えてくれよ」 「その理由はシンプルだよ。私も見たいの、世界の真実(しんじつ)を。お父さんが心から知りたくて、命と引き替えに見たかもしれない真実を、ね。……ねえ、サトル君、大人に言ったって無駄だから言わなかったこと、君だけに言っておくね。まあ、これも無駄だと思うけど」 真実は、視線を海から空へと向けた。 「きっと私たちが住む世界は、もともと球体んだよ。でも世界は何らかの理由で改変された。私たちは今、過去の記憶をもとに世界を認識しているだけ。地球は丸い、地球は太陽系3番目の惑星、全て私たちの世界に当てはまる保証はないの」 「近いうちに、この現在の世界を維持するための、何らかの変異が起きるはずだから、その時はまたここに来てね」 「変異?どんなことが起きるっていうんだ?」 「それはサトル君が判断して」 「判断して、と言われても……。それは大地震なのか異常気象なのか、それとも自然災害じゃなくて戦争か何か、か……。とにかく、それらしいヒントとかないのか?」 「ヒント、かぁ──」 真実がちょっと笑った。僕が真実の笑顔を見たのはいつ以来だろう。 「かつて、この世界を平面だと考えていた思想家の人たちは、その平面な世界を持続させるために、異常とも思えるいくつかの自然条件が世界の何処かに備わっていると考えたの。そして、その自然現象が、きっともうじきここで発生する……。それが私からのヒントだよ。じゃあね、サトル君。また会える日を楽しみにしてるから」
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!