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僕は土砂降りの雨の中、再び真実のもとへ向かった。
生い茂る草はこの前来たときよりもさらに背丈が伸びており、しかも雨に濡れているものだから、身体にまとわりついてまともに進むことができない。
それでも、真実に会わなくちゃ。
きっと、真実の言っていた日が、来たんだ。
やっとのことで草むらを抜け、テントの方を見ると、レインコートを着た真実が空を眺めているのを見つけた。
「真実!」
僕は真実のもとに駆け寄った。
「サトル君!来てくれたんだね!」
真実は僕の声を聞くと、とても嬉しそうな顔で僕に手を振ってきた。
「もし今日来てくれたら嬉しいなって思ってたんだ。私のヒント、分かってくれたんだね?」
「ああ、今でも半信半疑なのが正直なところだけどな」
僕らの住む町は、もう3週間以上ずっと雨が降り続いている。
僕は、この現象が真実の言っていたことと何か関係があるのではないかと思い、数日前からネットや文献でいろいろ調べた結果、あることが分かった。
平面な世界において不可欠な自然条件、それは、いつまでも降り続く雨だ。
もし世界が平らなら、そこには必ず「端」が存在する。
そしてそこからは、海の水が常に世界の真下へと落下していることだろう。
そうなると、たちまち世界から水が消失してしまう。
そのため、大地平面説を唱える人は、世界の至るところに、雨の降りやまない場所があると考えていたのだ。
この雨は、平面な世界を保つためのその条件が発動したのではないか。
いや、荒唐無稽な話であることは分かっている。
もし世界を維持する仕組みであれば、最初から、すなわち太古の昔から雨が降り続いてなければおかしいだろう。
何故今、急に降り続くようになったのだ?
これまでの世界については、どう説明するというのか。
そう、「これまで」は──。
実は僕の中に、世の中そのものに関する強烈な違和感を抱いているのだ。
「真実、僕はまだこの世界が平面だと信じているわけではない。でも、なんか、この世界、ちょっとおかしいんじゃないかと思い始めたんだ。この雨、本当に長いこと降り続いてるじゃん?いつ以来なんだろうって、調べようと思ったんだよ。でも、明確にそれを示す情報が、ネットで検索しても出てこなくてさ、そもそも俺、過去のことに関する記憶が、奇妙なほど残ってないことに気がついたんだ。それで、他にも過去のこと調べたり、親に聞いたりしてみたんだけど、どれも、ことごとく実感が湧かなくて。……あの、変なこと言っていいか?俺、今17歳で、当然、物心ついたときからの記憶の蓄積がある、あるはずなんだけど、何故かそれが本当に自分の記憶なのか疑わしくなってたんだ。まるで、誰かに吹き込まれたもののような気がしてきて……」
僕の話をずっと聞いていた真実は、慈愛すら感じる微笑みを浮かべた。
「……良かったあ。やっとサトル君と、気持ちを共有できるようになったんだ。そうだよ? 私も、お父さんも、ずっと思ってたの。自分たちは、そしてこの世界は、何者かに創られたものだってね。私たちは偽の記憶をインプットされたモルモットで、この世界はただの箱庭。お父さんはそれが直感的に判っていた。だから、どんなに変人と言われようとも、この創られた、偽りの世界を解明しようとしたの」
真実は再び空を見上げた。
「もう感付いてるよね? この雨は、この地の水分を保つために降り注がれたもの。お父さんの説では、この世界の創造主は、もっと機械的な、人工的な手段でこの地に水を供給していたの。例えば自然の奥深くにポンプで水分を送るための穴を設けたり。でも、これもお父さんの見立てだけど、きっと創造主はより自然的な方法でそれを行いたかったのだけど、何らかの理由でそれができなかったんだよ。それが、今ようやくこうして雨を降らせることに成功したってわけ。私はここで、この雨を待ってたんだ」
得意気に話す真実。
それでも、僕は──。
「まだ、どうしても信じられない。この世界が、そして僕らの存在が、創られたものだなんて……」
そのときだった。
突然、空がバリバリと割れるような音がした。
僕は雷が鳴ったのかと思った、が──。
真っ暗な分厚い雲が突然割れて、その隙間から、太陽光よりも明らかに強烈な白い光が放たれると、なんとそこから、途方もなく巨大な人間の手のようなものが現れたのだ!
「何だよ、あれは……」
「サトル君見て、海が!」
真実が海の方を指差して叫んだ。
そこでは、津波のような激流が、僕らのいる陸地とは逆方向の、遥か水平線へと流れて行くのが見えた。
「きっと世界の端で流れ落ちる水が、急激に増えているんだよ……」
すると、遠くの水平線の上から大きな腕のようなものが降りて来ると、その水平線(すなわち、世界の端?)で爆発のような大きな水しぶきが生まれ、やがてその爆音は、僕たちがいる場所にまで響いた。
「巨人の手が、水の流れを塞き止めているんだ!」
「おい待てよ、何なんだよ、これ……。なあ真実、一体何が起きているんだ!」
「……たぶん、この世界に何かトラブルが生じ始めたんだと思う。それを急いで復旧させようとしているんじゃないかな……」
嘘だろ?
僕は夢を見ているんだろ?
戸惑う僕に対して目の前の現実は容赦なかった。
雲の隙間に現れた巨大な手。
そのさらに向こうでは、
巨人の顔が
ぎょろりとこの世界を見渡していた。
その顔は決しておどろおどろしいものではなく、我々と全く同じ人間の造形だ。僕らを威嚇するというより、何かを調べているようにも見える。
もしあれが世界の創造主だとしたら、「神」とよぶべきなのかもしれない。
しかし大きさ以外あまりにも「人間」なので、神々しさも荘厳さも感じられないのが、かえって奇妙極まりない。
ただ、僕らにとっては化け物に違いなかった。
「巨人だ…….。私たちが住むこの世界は、あの巨人の箱庭なんだ……」
真実が不安げな表情を見せる。
やめてくれよ。君が不安になったら、僕はどうすればいいんだよ。
すると、真実は僕の手をそっと握った。
「……ねえサトル君。例えこの世界がどんな姿でも、例え私たちが知っていた全てが嘘だったとしても、私とサトル君が幼なじみなで、これからもずっと二人一緒だからね? それだけは確実だよね、約束して?」
「うん、約束するよ……」
僕は真実の手をぎゅっと力強く握り返した。
同時に、僕はその手の痛みから、これが夢でないという残酷な事実を実感していたのだった──。
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