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心から謝りたいのであれば、電話でアポを取って、七菜の好きなお菓子のひとつでも持って来るのなら、分かる。しかし、それを飛び越して自分とよりを戻したい? まるで分からない。信頼は、あの時すでに失われたのだ。
今更、簡単に取り戻そうとしている姿に思考がついていけない。滑稽すぎて、莉子には理解不能だった。
「もう二度と来ないで」
莉子から拒絶の言葉が出た。
「でも俺は七菜の父親だろ!?」
食らいつく哲也。
「だったら、七菜が喜ぶ事をして。私にじゃなくて、あの子の気持ちを考えてあげて! それに、相手の女性とお腹の子供はどうなの!? なんでここに来たの!?」
「俺、何も分かってなかったんだ。志乃は自分が思ってたような女じゃなかった……」
―――じゃあ、もしもあなたの子供じゃないとしたらどうするの? と、言ったあの顔が忘れられない。
「でもあなたの子供が産まれるんでしょ?」
「……分からない」
「え?」
「俺の子供かどうか分からないんだ」
哲也は座り込んだまま、髪の毛をくしゃりとさせた。悲痛な顔と震えている声。この時、ようやく莉子はピンときた。この人、自分が選びとった基盤が揺らいだから私の所に来たんだ……。七菜が大切だからなんじゃない。自分が不安だからなんだ。
「……その人、今どうしてるの?」
くぐもった低い声が出た。
「病院に運ばれた。お腹が痛いって言い出して……。急に」
それを聞いて言葉を失う。
「……それってあなたがついてなくていいの?」
「……」
「その人、今はどうしてるの!? まさか一人で病院にいるのっ?」
「……いや、たぶん相手の男が行ってると思う」
莉子は全てを悟った。
……この人、混乱してここに来たんだ。
「やめてよ。もう帰って」
「……」
「いまさらなんなの? 私には関係ないでしょ? 七菜の事が本当に大切なら、きちんと気持ちを整理してからにして!」
「七菜じゃないっ! 莉子なんだ!」
ゾッとした。まるで不気味な得体の知れない霧に、心が包まれるような気がした。
「なあ、そんな顔しないでくれよ……」
「……もうやめて」
「莉子を失って……初めて気がついたんだ。なあ、教えてくれよ。莉子にとって、結婚していた時の俺は……どんなんだった? どうして俺と結婚したんだ? なあ」
縋り付くようにして、掠れた声。
対して莉子は、早く帰って欲しい一心で、口早に答えた。
「昔は……夢を持ってた貴方が好きだった」
もう、思い出したくもない。
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