12/12
前へ
/239ページ
次へ
「哲也に言われたわ。お前は結婚してうちに入っても自分のことばかりだったよなって。うんざりなんだって」  莉子は窓に目を向ける。行き交う人を見ながら話した。 「結婚する前は本当にやさしくてさ、信頼してたの。勿論、家業のことも分かって入ったつもりだった」 「莉子……」 「でも、想像よりきつかったな。朝も早いし、休む時間なんてない。何かあっても自分の母親には言い返せない哲也の姿を見て、しだいに心が薄れていったの。そんなとき、七菜ができた」 「それで?」 「嬉しかったよ。とても。その時はほんとうにみんな喜んでくれて。でも女の子だって分かった途端、姑は態度が変わったのが分かった」 「ええっ」 「分かったの……女同士だからそういうのって、空気を伝播するように心に入ってくるの。わかるの。ああ、この人いま期待を裏切られたって思ってるな、とか」  あの時の自分はそう感じた。  女だからわかってしまうんだって。 「つぎは男の子とか言われて、段々としんどくなって、哲也とも喧嘩が激しくなっていったわ。……夫婦ってさ、」 「うん?」 「自分のことを分かってほしいって思っているときって、逆に相手もそう思ってるんだよね。哲也はきっと私にもっと従順な妻でいて欲しかったんだろうなあ」 「……そんなお人形じゃあるまいに」 「まあ、そういう場所(おとこ)を選んじゃった自分が悪いってこと」  その時、お肉が届いて二人は焼き始める。網からお肉の煙が出て、食欲をそそられる。まず、手始めにタンだ。 「このタン塩、おいしい!」 「おいしいね! カルビも脂のっててたまらん! これでビビンバ食べたらおなか一杯になっちゃうなあ」 「デザートは別腹でしょ」 「ふふ」  次々と焼いて、食していく。働いて外食もできて、愛娘もいる。きっと私はいま一番幸せだ。 莉子は智美が早くこのメンバーに合流してくれることを心から願った。 「ねえ、智美といつかここに来ようね」 「うん。そうね」 無煙ロースターにあたるスポットライトの柔らかな光。高級感など無い、大衆向けのこのお店に三人で来たい、と莉子は心から思った。
/239ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1186人が本棚に入れています
本棚に追加