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いいよ、と答えてから、「みんなでね」と付け加える。彼と二人で飲みになんて行ったら、なんと噂されるのか考えただけでも怖い。バイトの女の子が何人か彼を慕っているのを知っているから。
けれど、そんな莉子の心情を察してないのか、狩野は「二人で行こうよ」と白い歯を見せて無邪気に笑ったのだった。
暫くして、ホテルロビーには着物姿のご婦人方が登場し始めた。予定どおり、敷地内の別館となっている【風水庵】まで案内する。
気品のある庭園や和のテイストを取り入れた有名建築家が建てた数寄屋建築なのだが、ロビーからの距離が半端ないのが難点だ。
「どうぞ、こちらでごさいます。お足元そのままでどうぞ」
今日、何度このセリフを言っただろうか。
洋館だけでなく、天然温泉付きのこの別館を必要とした建築家の気持ちを分からなくはないが、何度も往復させられると、さすがに疲れこんでくる。従業員泣かせだ。
ご婦人達のこれでもかと言わんばかりのキツい香水にやられながらも、莉子は弱音を吐かずに一心で仕事をしていた。
「清川さん」
先輩に呼び止められる。
「はい?」
「もう上がっていいから」
「あ……、もうそんな時間ですか?」
「うん。ちょっと早いけど、これ以上いたら団体客に捕まるよ。また明日よろしく」
「……はい。すみません。お先に失礼致します」
気がつけば5時前だ。確かに先輩の言う通りだ。責任感から後ろ髪を引かれるけれども。ここで退散した方が無難か。
早く七菜を迎えに行かなければいけないし。あの子は今、どんな気持ちであの家にいるのか。
「涼子、お先に失礼しますね」
「はぁい、お疲れ様です」
小声で言いながら休憩室へ戻り、更衣室で素早く着替える。一息つく間もないまま、小走りでバス停へと向かったのだった。
綾波の家は、ここから五つ先のバス停の近くだ。この時間なら10分おきに出ているだろうから大丈夫、きっと間に合う。
雨はすっかり止んでいた。
代わりに赤い空が広がっている。少し黄金色の入ったまだら模様に見とれると、思ったより早く来たバスに乗り込む。
もう少しで着くからね、待っててね。七菜に心の中でそう語り掛けながら。
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