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「パパ」
綾波家のリビングで遊んでいると、七菜が小さな手をギュッと腰に回す。
「どうした?」
「わたし、パパとママに仲良くいてほしい。ここにも来たい」
「七菜……、それは無理なんだよ。でもパパは……ずっと七菜を思ってるよ。大切だよ」
ご飯を食べ終えてから、七菜は哲也の傍を離れず、不自然なほどにくっついて回った。
「ほらぁ、七菜はうちの孫なんだからいいじゃないの。哲也は変に考えすぎよ」
篤子はそんな様子を見て口を出す。
「でもお義母さん、七菜ちゃんの将来を考えると、こうするのが一番だと思うんです」
志乃は長い黒髪を耳にかけた。目を伏せて、そっとお腹に手を当てる。
「本当に男の子なんだろうな?」
「はい。間違いありません。産婦人科できちんと調べてもらいましたから」
舅の言葉に臆する事なく、志乃はにこりと笑う。その顔を見て、七菜はまるで妖怪みたいだと思った。昔話に出てくる雪女。ママが寝る前に読んでくれたことがある本に描いてあった。肌が白くて笑うと目が細くなる妖怪だ。
「パパ、わたしはもうここに来ちゃいけないの?」
七菜は哲也の腕を揺さぶる。
「参ったな……」
哲也は後頭部に手をやった。
その時、ピンポンとチャイムがなる。ドアフォンモニターに莉子の姿が写っていた。
これに助け舟が来たとばかりに哲也は玄関を開ける。
「お疲れ! 七菜も待ってたよ」
「え……?」
去る時、義母が遅いお迎えでいいとあんなに言っていたのに? 莉子は不自然に思いながら七菜の名前を呼んだのだった。
リビングから出てきた娘は下を向いている。俯いていて、手にはうさぎの人形が。どうしたのだろう? 元気がなさそうに見える。再婚相手はすぐに帰った筈だけど……。莉子は眉根を下げた。
「あのさ、七菜にも言ったんだけど……、もう今日が最後だよって」
「え?」
莉子は言葉についていけなかった。
「いや、オレ、再婚するしさ。それが七菜の為だと思ってきちんと言ったんだ」
「え? 何それ? 七菜に直接言ったの?」
「ああ。納得してくれると思ったんだけど、えらく機嫌悪くしちまってな。すまん」
哲也の言葉に莉子は唖然とし、口を開いたまま言葉が出てこなかった。てっきり今日は場を濁さないようにやってくれているとばかり思っていた。なのに、なんのフォローも考えずに娘に直接言った? 会えないと?
「七菜は……、七菜はなんて?」
声が震えた。
「嫌だって言うんだよ。離れなくてさ。困っちまってなあ……」
「ちょっと!!!」
哲也に向かって怒りが湧いた。
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