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天沢 海斗は見上げた。
シャンデリアが高く煌めいている。
ホテルのロビーラウンジの天井は、白くてシミがひとつない。今の自分の心とは大違いだな、と込み上げる笑いを苦く噛み潰した。
まさか自分の方から、妻に離婚を申し入れる日がくるだなんて思いもしなかった。
ピアニストとして挫折をしてから半年。それまでは気にも止めなかった妻の浪費癖が思いのほか酷くて、次第に崩れていった夫婦関係。
自分の人生に狂いはないというそれまでの自負が全て崩れ去ったのだった。
妻の第一印象は、確かに身につけてるものは全てブランド品だったな、と思い返しては苦笑する。年に数回の海外旅行、プレゼントは全て相手の望むものを与えてきたが、一向に子供を欲しがる気配もなく、逆に何もかもを欲しがる子供のような人だった、と思う。
当時、自分にはピアノがあったから良かった。だから彼女の素行にまで気が回らなかったのだ。
周囲の人間が離れていくことに気づかないフリをしていた数年間。それに終止符を打つべき時が来た。
「で、なに? 話って?そういう事? 貴方の方から?」
目の前にいる妻の華蓮は、目を吊り上がらせ、今にも食ってかかりそうな勢いだ。
「ああ。君は消費癖が酷すぎる。いくら俺でも目に余るものがあるよ。君のお父様にはきちんと話をしておいた。だから今週中に俺の家から出ていって欲しい。きちんと金は払うから。ただとは言わない」
「いくらよ?」
金の話になった途端、女は立ち上がりかけていた姿勢からストンと椅子に腰をかける。
「いくら欲しい?」
「……3・・・ううん。4かな? 契約通りにしてね」
「……わかった。だからもう金輪際にしてくれ」
そう言うと、天沢は立ち上がった。英国の正統派スーツが良く似合う、肩幅が細くない男だ。顔が小さくて、なにより秀でた容姿をしている。キリッとした目元に通った鼻筋。清潔感の溢れるその風貌に、ホテルのスタッフ達は皆、釘付けになっていた。
「……わかったわ。まあ、良い時から転落したんだもんね。潮時よね。仕方ないわよね」
華蓮はそう言うと立ち上がる。
「書士との相談後、離婚届はこちらで用意するから」という言葉には振り返りもしなかった。
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