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「まさか貴方が全部喋るなんてね」
体の力を抜き、志乃はベッドへと身を任せた。横の椅子に座ったまま、恭太は眉ひとつ動かさない。
「俺がこのまま引くと思ってましたか?」
「おかげで仮面が外れた。綾波哲也に言いすぎてしまったわ……」
「俺は、ここまで頑なに無視されるとは思っていませんでした。志乃さんは、俺の事……きちんと考えた事あるんですか?」
え? きちんと考えてくれた事があるかって? まさかそんなふうに言われると思わなくて、志乃は一瞬言葉に詰まる。
「俺はいったいなんなんですかっ? 貴女にとって俺は……」
久しぶりに見る顔は相変わらず生真面目そうな目をしている。思いつめているのか、膝の上にある手を拳にして、恭太は志乃に問いかけた。
「お腹の子供は、母親しか守る事が出来ないんですよ? 貴女はそれでも母親なんですか?」
「……そうね。お腹にいる間は母親が守るしかないわよね……」
他人事のように答える彼女に対して、怒りをぶつけたい衝動が沸き起こる。
「でもね、恭太さん。私って、親からは一切守られてこなかったのよ……」
志乃は、額に手を当てて再び天井に目をやる。うっすらと自分の過去を思い出した。
「知ってるでしょ?」
「……はい」
「まさか、貴方がそこまで踏み込んでくるなんて思いもしなかったわ」
この点滴、邪魔よね。と言いながら、志乃はお腹が楽な体制に向きを変える。
「私と貴方だけの秘密だったのに」
「裏切られた気がしましたか?」
「そりゃあね! 腹が立つなんてもんじゃない。どうしてやろうかと思ったっ」
恭太は微動だにしなかった。
「なぜ、裏切られたと思ったんですか?」
静かに問いかける。
「人に自分の素性を明かしたのは貴方が初めてだったから」
「へえ。じゃあ、どうして俺にだけ話してくれたんですか? 愛人の子だって」
「……そうね」
なんでかしらね、と志乃は口を噤む。
「……どうして綾波哲也には言えなかったんですか?」
恭太はさらに踏み込んだ。
「あの人には、言うつもりはなかった! だって関係ないもの。あそこで商売を成功させれば全て上手くいく筈だった」
「言うつもりがなかった、じゃなくて、言えなかったのでは?」
「どういう意味?」
志乃は一気に表情を険しくした。
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