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4
莉子は決して英語が堪能ではなかった。
学生時代に少しホームステイをした経験がある程度だ。だから、このホテルで働くには少しの勉強が必要だった。時間を空けては必死に学生のように勉強をした。
そして、コンシェルジュの子とも仲良くなり、なんとか日常会話くらいは出来るようになったのだった。
荷物を整理してフロントのエレベーターから客室へと上がる。
やっとゲスト全員を数人のホテリエで案内し終わったところに涼子が話しかけてきた。
「今度の休日さ、私と一緒の日あるじゃん?」
「うん、そうだっけ?」
「そう。それさ、智美から連絡があってなんか食事に行こうよって誘われたの。莉子も一緒にって」
「えー?」
智美とは懐かしい名前だ。早瀬 智美。
仲良く三人組で大学時代を謳歌していたが、今ではしっかり疎遠になってしまっていた。
「どう? 行ける? 夜なんだけど七菜ちゃん誰かみてくれそう?」
「あー……」
実家の母に頼むしかないかもしれない。
涼子は度々連絡を取りあっていたらしい。智美は結婚したんだと教えてくれた。
「なんか話したいことがあるんだって。あの子、莉子の離婚の事も知ってたよ」
「え? なんで?」
「わっかんない。でもさ、あの子も結婚で悩みがあるみたいでさ。愚痴を聞いて欲しいって感じだったなあ」
結婚したんだ? 新婚の愚痴や悩み……
いやいや、逆に自分が愚痴ってしまわないだろうか? 彼女は今どういう状況なんだろう? 話が合うだろうか?
懐かしくなり久しぶりに会いたくなった。
「一度、七菜をみてくれるかどうか両親に訊いてみるよ」
「うん、そうして。私だけじゃ間が持たないと思うから来てくれたら助かる」
「あは……」
莉子は思い出した。智美はかなりのおっとりさんだ。天然というか、素直な性格なのだ。涼子と二人の間を持つのが自分の役割だったような気がする。
「りょーかい」
莉子は笑って答えた。
もうすぐ五時になる。七菜の為に早く帰宅せねばならない時間だ。みんなに頭を下げると更衣室で早着替えをし、タイムカードを押して退勤した。
今日はいい天気だった。まだ沈まない太陽が美しく赤く染っている。
裏側の出口から大きな道路に出たとき、
「あ、すみません!」
突然男性の声がした。
振り返ると昼間に案内した人がたっている。確か天沢さんだ。すらりとした体に小顔。ラフな格好だけど男前のオーラは隠せない。
「天沢様ですよね? どうかなさいましたか?」
莉子はゆっくりと仕事モードの口調で語り掛ける。
「いや、昼間は大変お世話になりました。お礼を言いたくて。貴方の姿が見えたから」
「いえ、あれくらいのこと。当然です。また何かございましたらなんでもお申し付けください」
莉子は丁寧に頭を下げてその場を去った。
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