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「あらあ、七菜ちゃん! ばあばは待ってたよお、暑い中よく来たねえ!」
姑の変わらぬ白い作務衣に三角巾。しかし、溌剌としたその笑みは娘だけに向けられたもので、自分へ向けられた事など一度もないものだ。
「じゃあ、私は一旦帰ります。五時にはお迎えに来ますので」
感情を出さず、淡々と告げる。
「莉子さん、お迎えはもうちょっと遅くてもいいんだよ。七菜と一緒に晩ご飯も食べたいから」
いやだ。
名前を呼ばれるだけでげんなりする。
「いえ、きちんと面会時間は決められているので」
「あら、そんなもんくらいいいじゃない」
こう言うところが困るのだ。この姑は。
「お、七菜、来たのか」
玄関からひょっこり前の旦那、哲也が顔を出した。相変わらず色白でひょろりとしている。この人は、今でも母親の機嫌をとりながら生きているのだろうか。
「七菜、よく来たなあ」
太った舅の登場だ。しかし、その後ろに知らない女性が顔を出した。
「こんにちは」
始めてみる顔だ。
「……こんにちは」
誰だろう? 新しく雇った人? 少しぽっちゃりとしていて、膨らみのあるワンピースを着ている。まるでお多福さんのような人。
彼女は満面の笑みをこちらに向けている。その笑顔に戸惑う自分がいた。
「こちら鷹村 志乃さん。いまオレがお付き合いしてる女性だよ」
「え……っ」
哲也は娘の前で悪びれもなく言った。
「七菜〜、今日は一緒に晩飯も食べようなあ」
「いえ、五時には迎えに来ますので」
固い声音で答える。
この女性は今日一日七菜と一緒にいるの?
冗談はやめて。
「いや、七時くらいでいいよ」
「きちんと決められた時間を厳守して下さい! 五時で」
イラッとする。この空間が苦手なのだ。クソもミソも一緒。いい事と悪い事の分別がついていない家族の関係。
「あの……、私がおいとましますので……」
困ったように志乃と名乗った女性が眉根を下げて言うと、途端に姑が声を上げた。
「やあねぇ! そんなの気を使わなくていいのよ! みんなで食べた方が美味しいんだから! ねえ!」
「それは勘弁して下さい。娘の事も考えてください。鷹村さん、すみませんが今日は面会の日なのでご配慮ください」
志乃は無言で頷いた。
「……五時に迎えにきます。では。七菜、いい子でね」
娘は知らない志乃の顔をじっと見つめていた。
ごめんね。この人はすぐにいなくなるからね。 後できちんとパパと話をつけるから。仕事は穴を開けるわけにはいかない。心苦しいが、莉子は心の中でそう誓う。
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