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「……ああ」 目を伏せて顔を隠すように頷く隼人。 「奥さんは、この話を彼にするのは初めてなの?」 「はい。二人きりになると……追いつめられると逆上する人でしたから、今まで言ってませんでした」 智美の感情は見えない。まるで沼底のような黒い瞳をしている。 そんな智美に対して、天沢はゆっくりと口を開いた。 「隼人は学生時代からよく知ってるんですが、大人になってからは暫く疎遠でした。久しぶりに電話を貰った時には驚いたんですが……そういうことだったんですか。だいぶ参っていたのにな……」 そう言って、天沢は目を伏せる。 「……参っていた? 隼人が? そうなんですか」 「ええ。電話では、どうしたら家庭が上手くいくんだろうと悩んでいました。自分は家に帰ってもろくに相手にしてもらえない。食事も簡素になったと」 「……本当に子供よね。私は子供が産まれて大変だったんです。逆に助けて欲しいくらいだった」 「……確かにそうでしょうね。でも、飲み会に行くと言っただけで嫌な顔をされて給料を入れても感謝もされない。どんなに働いてもこんなもんなのかって。しかも、近くに住んでる自分の親と反りが合わないときた」 天沢は歯に衣着せぬ言い方をした。莉子は目が釘付けになった。 「本当に隼人を愛してたら、もう少し歩み寄ることは出来なかったんでしょうか?」  莉子は呼吸が浅くなった。  こんなこと言うんだ? この人。 「でも、浮気は絶対に許されないです」 言い返す智美。 「確かに。でも……原因は女性にもあるんじゃないですか?」 「ちょっと待ってよ。そんなのおかしいでしょ?」  口を出したのは涼子だ。 「浮気に理由なんてないわよ? きちんと妻と話し合いをすればよかったじゃない」  天沢にはっきり言うと、涼子は智美に向き直った。 「幼稚すぎるよ。逆に離婚しかないじゃない。こんなの」  包み隠さない物言いに智美は薄く笑うと、涼子の事は無視して、天沢と会話を続ける。 「……天沢さん、浮気は私が原因だって言いたいわけですね?」 「いや、夫婦はお互い様かと。だから少しは手加減してもらいたいんですよ。智美さんのお気持ちは痛いほど分かります。でも、一括ってのはちょっと」 「……」 智美は黙り込んでしまった。 彼女が結婚してからどんなふうに家庭を構築してきたのかは分からない。莉子は見ていない。家庭の事をどこまでしていたのか、してなかったのか? 自分には到底聞けないと思った。しかし、浮気はダメ。これは絶対だ。 「あのさ」 隣で涼子が口を開きかけた時、インターフォンが鳴った。  智美は、ビクッと肩を揺らし、玄関へと向かう。 若い女性の声がして、リビングに可愛らしい女性が通された。 「美桜……」 隼人がその名を呼んで絶句する。 佐藤美桜だ。 渦中の人物がここに来たのだ。
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