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「へえ、そうなんだ? 隼人は子供も要らない存在なんだ?」
智美は笑って美桜に紅茶を出し、ソファへと座った。
「俺は……」
「どうぞ、佐藤さんも座ってください」
「はい。失礼します」
この展開を見て、天沢は大きく息をつく。莉子と涼子同様に言葉を控えている。
この修復不可能そうな難破船、どこにたどり着くか見守るしかない。
それにしたって、どうして彼女は来たのだろう? 智美に言われたから? 到底、普通の神経とは思えない。
「隼人さん……」
美桜は泣きつくような声を出した。
すると、突然隼人は手を床について額を床につけた。土下座だ。
「すまん。智美、俺には好きな人ができたんだ……」
隼人は、みんなに後頭部を見せたまま動かない。しかしそれとは真反対に、その言動に対して喜びの表情を見せる美桜。彼女は、自信ありげに智美のほうを見た。
しかし智美の表情はここでも変わらない。
「そっか。仕方ないけど無責任よね」
抑揚のない声。
「……すまない。子供にはきちんと養育費を払うから……家のローンも払う……」
「隼人」
智美は片膝をついて隼人を真正面から捉えた。
「私は、あなたからきちんとその言葉が聞きたかったの。すぐに異変に気がついたよ。帰りが不自然に遅くなって、携帯も片時も手放さなくなったりして。残業時間も合わない。どうしてだろうってずっと思ってた」
言いながら、智美の鼻が少しだけ赤くなっていく。
「智美……」
「実家のお母様には申し訳ないと思ってる。私にも、いたらなかったところがあると思ってる。だから、さっきの条件をのんでくれるのなら、別れても良いよ」
「ほんとですか!? 奥様っ!」
ぱあっと美桜の顔が輝く。
「隼人と美桜さんは、愛し合ってるのよね?」
美桜の言葉に乗るように智美は明るく声を出した。
「はいっ!!」
智美は先程の紙切れをもう一度隼人に渡す。
離婚協議書、と書かれた先程の紙を。
「ね。……これで終止符を打ちましょう」
チェックメイト。
どうやら智美は、思った通りに事を運んだ様だった。
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