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「それから、挙式の件なんですが、出産が終わって一段落してからと思っています」
「へ? それまでずっとこの状態なのかい?」
籍を入れないって事??
「……はい。もう親戚付き合いも必要ありません」
「ど、どういう事なのさ?」
「私の両親が、こちらできちんと結果を出すまで必要ないと言っております」
篤子は後ずさった。
「なんだい、それ」
「すみません。うちは由緒正しい家なんです。子供が出来たから結婚するというだけでは」
「そりゃ、そうなのかもしれないけれども……。鷹村家は凄い歴史のある老舗だけれとも……」
向こうの親との面識は一度しかない。
親戚の集まりが一回きりだなんて、あまりにも有り得なくないだろうか?
もはやバカにされているような気がしてくる。結果を出す? もしや、その路線で上手くいかなかった時は……?
篤子の胸中に不安が生まれた。
「ねえ、志乃さん、まさかうちで上手くいかなかったら……まさか」
「……どういう意味ですか? お義母さん。上手くいかなかったら、だなんて」
そう言って、志乃はニンマリと笑ったのだった。
まるで悪女のようだ。分厚い福耳を下げて、真っ黒の髪の毛を結い上げている。お多福のような顔が、一瞬だけ悪魔に見えた。
「志乃さん、なんだい、急に怖い子して。頼むよ。哲也の事は大切にしてやっておくれよ」
「当たり前です。ご心配なさらないで下さいな」
志乃は、手伝う素振りも見せずに立ち去っていった。
なにあの態度?
篤子は自分の手のひらを見た。作業の途中だったのに。ダメだ、餡子が固くなっている。餅だってヒビが入ってしまう。早く包まないと。ダメになってしまう。手早さが勝負なのに。
けれども篤子はその場を動けずにいた。
まさか。そんな話って。
それってつまり、いい様にされてしまうって事じゃないか。鷹村家には三人の子供がいるはず。志乃さんは二番目。だからてっきりうちに入ってくれるもんだと思っていたのに。
「て、哲也に確認しなくちゃ……」
篤子は足がもつれそうになりながら、部屋へと向かった。哲也の部屋の前でノックをしようとして、部屋の中から何かが聞こえ、手を止める。
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