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「私、おいとましますので」
家に入るなり、志乃は義母に言った。
「あ〜、いーのよ。そんな事しなくてもいいの。あなたはもう家の人同然なんだから」
そう言われると、志乃は笑って、持っていたスマホをソファへと置く。
「……ね、七菜ちゃんって呼んでもいい?」
萎縮している七菜に声をかける。
志乃は、帰る気なんて毛頭なかった。
むしろ、七菜の事を少し気の毒に思っている。だから、思い切ってこちらから喋りかけてあげようと思ったくらいだ。
「いいけど……、でも……おばさんは誰? お父さんの知ってる人?」
オドオドっとしながら、七菜は哲也に良く似た細い目を上目遣いしながら小声で聞き返す。
「知ってるも何も、家族になる人なんだよ、七菜」
哲也が笑いながら答えた。
「七菜、あんたのお父さんはね、再婚するのよ。そして新しい弟が出来るんだよ」
そこへおばあちゃんが割って入る。
「弟……?」
「母さん、そこは言わなくてもいいよ」
「あら、だってホントの事じゃない」
悪びれる様子もなく姑の篤子は口を閉ざさない。
「七菜はね、お姉ちゃんとして接して欲しいの。しっかりしてきちんと弟を可愛がってやってね」
「母さん! オレはもう一線引くつもりだから! 余計なこと言うなって!」
珍しく哲也が声を荒らげた。
「哲也、子供は多い方がいい。この店のこともちょっとは考えろ。離婚なんぞしおってからに。七菜の事も離すな」
「父さんはこの件に関しては黙っててくれ」
七菜はそんな大人の姿をじっと見つめていた。自分のことをどうするのか、そんな話をしているのは分かる。
「ねぇ、七菜ちゃんの好きな食べ物は何?」
そこに志乃が優しく問いかけた。
「……うーん、お母さんが作ってくれるハンバーグかな。おばちゃんは?」
「志乃さんって呼びなさい、七菜」
「いいのよ哲也さん。私もハンバーグ大好きよ」
彼女は温和そうなふっくらとした頬を緩ませて笑いかけた。とても優しそうなおばさんだなと七菜は感じた。お母さんと違う匂いがする。
でもどこか……、なんというのか分からないけれど……、不安を煽られるのは何故なんだろう。七菜にもこの気持ちの正体は分からなかった。
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