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次回の約束をして少し話したあと、天沢はスマートにお会計を部屋付にして席を立った。 さんざんお礼を言うと「今夜は楽しかったよ。また楽しもうね」と七菜の頭を撫でてくれる。 莉子は、辰樹にもラウンジでのお礼を言って、七菜の手をつないで帰途へとついたのだった。 帰り道で彼がピアノに向かう姿を思い出す。真剣な眼差しから愛おしそうな表情に変わった瞬間に出た音。一つ一つが柔らかくて儚げで……けれども音の粒が揃っていて、明瞭に響いていた。 「おじさんて、ピアノ上手だったね!」 「そうね。七菜もホテル楽しめた?」 「うん! あした、お友達にお話する!」 良かった……。少しは七菜の心に寄り添う事が出来ただろうか? 見ると、彼女の横顔は晴れ晴れとしている。莉子の心も軽くなり、そのまま機嫌よく足取り軽く家に着いた。 いつもの玄関に入ろうとして近づくと、そこに一人の男性がいることに気がつく。 誰かしら? と凝視してから、体が固まる。 「哲也……」 そこには、別れた筈の旦那が立っていた。 「遅い帰りだな」 「あ! パパ!」 七菜のパパママ呼びが出てしまった。喜んで七菜は哲也の元に駆け寄って抱きつく。 「よお、七菜。少し見なかったうちに大きくなったんじゃないか? 今日どこに行ってたんだ?」 「パパ、やっぱり会いに来てくれたんだね。七菜に会いに来てくれたんだよね?」 「うん。そうだよ」  この人は何を言っているんだろう? なぜ? どうしてこんな所にまで来たの? 呆然とする莉子。 「そんな怖い顔すんなよ、莉子」 「どうして? なんで来たのよ?」 「お前、こんな所に住んでるんだな」  七菜を抱っこして、哲也はぶっきらぼうに言った。外灯が彼の影を細長く浮かび上がらせている。 莉子は、今までの天界にいる気分から、一気にどす黒い海の中へと放り込まれる気持ちになった。 「あの家を出たいって言ったと思ったら、現実はこんな所なのかよ?」 「……何が言いたいの? 用がないなら帰って」 嫌味でも言いに来たのだろうか? 莉子は身構える。こんな所でもあんな家よりマシだ。 よく見ると、哲也は見た事のないシャツを着ていた。どこかのブランドのロゴが入っている。着るものに拘りを持つ人じゃなかったのに。あの志乃さんという女性の影響かしら?
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