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苛立ちが募る。決して、七菜に八つ当たりしないように自分を押えながら、二人でお風呂に入った。 眠る前に母にスマホをかけて、今日のお礼を言う。そこで自分の気持ちを吐き出してしまいたかったが、七菜の手前、それも阻まれた。 「お母さん。お父さんは私に会いに来てくれたんでしょ?」 そう訊かれて一瞬、閉口する。 「そうだね。でもお父さんは新しい人と一緒だから、もう忘れようね。それよりもおじさんとのピアノどうだった?」 「……」 「もう会えないの?お父さん」 あぁ、本当に厄介な事をしてくれた。莉子はイラついて、珍しく冷蔵庫から缶ビールをあけた。そして、髪の毛も乾かさず、七菜の前に座った。 「七菜。もう会えないのよ。なんで来たのかお母さんも分からないんだけど、このアルバムも捨てちゃおう! もう二人で忘れよ!」 「え? アルバム捨てるのヤダ!」 七菜は、机の上に置いたアルバムをひったくると、胸に大切そうに抱えた。 「これはお父さんとお母さんと七菜が写ってるもん! サファリパークに行った時の写真だよ?」 「七菜……」 子供にとっては大切なものなんだ? こんなに私にとっては最悪なアルバムでも、七菜にとっては唯一のものなんだ……? 「……そっか……分かったよ。大切なアルバムだもんね? じゃあ、本棚にしまっておこう」 「うん……」 七菜は名残惜しそうにアルバムを手放した。そして、いつもの絵本を読んで欲しいとねだる。 「七菜はこの本好きだねえ」 これも早く捨ててしまいたい一冊なのに。哲也が買ってくれたこの絵本を気に入っている七菜を少し疎ましく感じる。そして、そんな自分をダメな母親だと思う。 「お母さん、今日は楽しかったよ。あのおじさんのピアノまた聴けるかなあ」 布団に入って、読み聞かせが始まると眠たそうに目を擦る七菜。 「うん。そうね。プロのピアニストの音を聴けたのって凄いねえ。七菜も習ってみようか?」 「え? いいの!?」 「うん。いいよ」 その返事に満足して眠りに落ちていった七菜の寝顔を見て思う。ひとつくらい習い事をさせてあげたいと。近所に良い教室があるか確かめてみよう。 次、会った時に天沢さんに相談してみようかな? 彼の存在には救われた。莉子はピアノを弾いていた彼を思い出す。彼の姿を心に描くと、何故かイライラが収まってきた。 それから莉子もすぐに眠りについたのだった。
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