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「お義母さん。今戻りました」
志乃が綾波の家に戻ったのは次の日の昼過ぎだった。
「あ、あらあ、志乃さん。おかえりなさい」
「はい。これ、ケーキ買ってきたんです。良かったら食べましょう」
黒髪を金のバレッタで後ろにまとめた志乃は、ケーキの白い箱をダイニングテーブルへと置いた。
「まあ、ケーキなんて久しぶりねえ」
「ええ。たまには良いですよね」
「そうね。たまにはね。でも今、哲也とお父さんはお得意さんの所へ挨拶に行ってるんだよ」
そうですか、と答えて、志乃はまるで我が家のように戸棚をあけてお皿を出す。
「あ……いいんだよ、志乃さん。私がやるから」
「いえ。これくらいさせて下さい」
お腹の子に障ってはいけないし、なんとなく良い気がしないので、篤子は手を出そうとするが、志乃は笑顔でフォークまで出してくる。
「お二人が帰ってくるのは遅いのでしょうか?」
「そうだねぇ」
「じゃ、先にいただきましょうか」
またもや当たり前のように言って、志乃はニッコリと笑いながらケーキの入った箱を開ける。フルーツがのったタルトが顔を出した。
「あ、あのさ、この前の話なんだけどさ。志乃さん」
「はい? なんでしょうか?」
「う、うちで落雁を作るっていう話なんだけど、あれを考えてみたんだけど、私は賛成できないのよ」
「まあ。どうしてでしょうか?」
志乃はタルトをひとつお皿にのせて、篤子に渡す。
「だってさ、この店は私とお父さんでずっとやってきたんだよ? 小豆を探すところからやってきて、今があるんだよ。どれだけ苦労したか分かる? 北海道の小豆に出会うまで」
「それで?」
「いや、だからね、このお店を差し出すわけにはいかないんだよ。志乃さんは少しずつ、うちに慣れてもらったらそれでいいから」
篤子が口早にそう言うと、志乃は苦笑いをした。
「差し出すだなんて。お義母さんたら。慣れてって……私もそのつもりですけど」
「いや、だからさ。ここを変えようと思わないでいいんだよ」
「でも、このままでやっていけると、思ってらっしゃるんですか?」
志乃は静かにフォークをつけると、今度はティーカップを出した。
「て、哲也についていってくれたらいいからさ。私達もまだ元気だし」
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