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「お義母さん、これで良いですか?」
「ああ、ありがとう。助かるよ」
篤子は薄くなった珈琲に口をつける。水っぽくて飲めたものではないが、つとめて笑顔で口を開いた。
「次の検診日はいつだい?」
「明後日です。楽しみなんですよ」
「ホントだねぇ。私もとても楽しみにしてるよ。またどうだったか聞かせてちょうだい」
「はい」
二人でベビー用品の話などをして、ケーキを食べ終わると志乃はお皿を片付けようとした。
「いいんだよ。私がやっとくから、志乃さんは少し休んでおいで」
「すみません。お義母さん」
頭を下げて、哲也の部屋へと階段を上る志乃。足音が消えて、部屋の扉の開閉音が聞こえたあと、篤子は後をつけるように、そっと階段を上った。
きっと、またあの電話の主から連絡があるに違いない。しつこく鳴らしていたもの。仕事相手だとは思うけれども……まさかね。篤子は、そこは何故か反射的に体が動いた。
上がると、ぴったりと扉に耳をつける。ここの壁も扉も薄い。哲也が学生時代にギターを弾きだした時には大喧嘩になったものだ。この前のように、喋り声がよく聞こえるに違いない。
「……よ」
思った通り、何か聞こえる。
「そうよ……困るのよ。ええ」
やっぱり。さっきの相手に違いない!
篤子は更に耳を近づける。無様な格好や、姿かたちに拘ってはいられなかった。だって、相手が誰か気になって仕方ないから。
「……もう電話はしてこないで」
ハッキリとそう聞き取れた。やっぱり何か訳ありなんだわ!
「言ったでしょ? あなたの将来を思っての事なの」
なに? 何が?
心臓が飛び出そうなほど脈打っている。篤子は息を飲んだ。
「恭太さん、もう忘れて欲しいの」
やっぱり! 前の恋人かしら!?
だが、それきり、志乃の声が聞こえる事はなくなった。通話を切ったのだろうか? 未練を持った前の恋人が志乃を追いかけてきている? 哲也と付き合う前の……?
分からない。分からないけれども……篤子は息を殺して階段をおりた。
まあ、お腹の子供もいる事だし、特に問題はないとは思うけれども……。そう考えて、あ!っと篤子は声を上げそうになる。
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