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まさか! まさかとは思うけど。 ある考えがよぎり、頭の中で打ち消す。 いやいやいや。そんな馬鹿な。 だが、勢いよく記憶を思いおこす。 あの時、莉子さんが出ていってしばらくした頃、哲也は荒れていた。よく外に出て飲んだくれていた。 ―――「母さん、今日は良い知らせがあるんだ」 確かそう言ったんだ、あの子は。だから、ええと、考えると……篤子は指を折って数を数え始める。 いや。ダメだ。本人じゃないんだから、数えたってわかるわけないじゃないか。私が。 ―――まさかよね。あの貞淑そうな志乃さんだもの。そんな事ある筈がない。 「まさかね……まさかよ……」 たかだか異性からの電話があっただけ。 でもこの胸騒ぎはなんだろうか? とてもザワついて嫌な感じがする。 志乃さんて、なんだか足音を立てずに忍び込んで、蹂躙してゆく……そんなふうに感じる時があるのよ。 莉子さんの時にはなかった。あの子は分かりやすいくらいまっすぐで、世間知らずだったから。損得を勘定出来る子じゃなかった。 篤子はどうしようもない気持ちに苛まれた。これは本人に確認するしかない。篤子が階段を見た時、志乃が扉を開ける音が聞こえた。トン、トン、と下りてくる。 「お手洗いお借りしますね」 「あ? ああ。どうぞ。いつでも使ってちょうだい」 「最近トイレが近くなってしまって」 「そ、そうだろうね。お腹の中で子供が大きくなるから」 トイレに行こうと横をすり抜けた時、思わず口から言葉が飛び出した。 「ねぇ、志乃さん。あんた、お腹の子は、ほんとうに哲也の子なんでしょうねえ?」 言われて、ポカンとする志乃。 「え?」 「いや、だからさ。そのお腹の子は哲也の子どもかい?って訊いてるんだよ」 「いやだ……、お義母さん。当たり前じゃないですか」 「あ、そうだよねえ。いやさ、ほら、哲也にしては本当に出来すぎた話で……」 「ふふ。哲也さんは素敵な方ですから、私なんぞには勿体ないです」 志乃は、まだ片付けられていないキッチンをちらりと見ながら、美しい横顔のまま、通り抜けて行った。
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