1186人が本棚に入れています
本棚に追加
2
莉子の仕事はベルパーソンだ。
結婚を期にやめていたが、離婚をきっかけにリトライして正式に社員雇用となった。
週末や祝日、長期の休みが暦上の時はとても多忙を極める。
「おはようございます。今日は遅れてすみません」
七菜の事を頭の奥に押し込めて、バックで制服に着替え、ロビーに出る。頭を下げて仕事モードに入るのだ。
煌びやかなこのホテルはラグジュアリーシリーズとして大変賑わっている。今日も昼の出勤とはいえ、艶やかなロビーにはこれでもかと人がごった返していた。
「おはよ。莉子。今日のスケジュール見る?」
「はい」
スチュワーデスのようなネッカチーフを巻いて、赤い口紅をのせた神谷 涼子は、一枚の紙を内ポケットから出した。
涼子は莉子とは昔からの付き合いだ。自分が結婚生活で離れていた時期も彼女はここで経験を積んでいる。同期だが、一番頼りになる先輩でもあった。
「午後から、桜の間で日本和装会様がお着物のお披露目会するんですって」
目線をロビーの入口から外さないまま、涼子は口頭で説明をし始めた。
「だからおばさま方がたくさんいらっしゃるみたい。それから夕方には中国からの団体さんも入るから。ちなみに夜勤は冬馬くんになったから」
「了解です」
渡された紙に一通り目を通す。その他に特に大きなイベントはなさそうだ。
「前もさ」
涼子は変わらず視線をエントランスに向けたまま口だけ開く。
「めっちゃ沢山のおばさま方が来たじゃない? マネージャーに言ったんだよね。いちいち案内するの大変だから順路を書いたやつ作ってって」
「うん。そしたら?」
「忘れてるみたいで、バイトの子を立たせて案内させるっていうのよ。ほんと無能」
莉子は思わず笑いを噛み殺した。涼子の歯に衣着せぬ物言いは昔からだ。外見からは全く予想もできないほどの毒舌を持っている。
「大谷マネージャーはそういう人だもんね」
「そうなのよ。て、莉子さあ、七菜ちゃん置いてきたの?」
「うん。だから今日は5時あがりなの。ほんと、こんなんでゴメンね」
子持ちであるという事を飲んで自分を採用してくれた職場には感謝してもしきれない。
「いいのよ。みんな分かってるから。子供大切にしないとね。あなたがいない分、みんなで頑張るからさ」
そう言って涼子は笑った。
最初のコメントを投稿しよう!