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トイレに入り、スマホを取り出した。恭太からの電話を切って、哲也の部屋を出た時、すぐに義母が階段を上ってきたのだと分かった。彼女特有の香りがするからだ。
きっと着信を見たのだろう。
なんて分かりやすいのだろう。さっきの言葉も本心はもっと突っ込んで聞きたかったに違いない。
彼女の気持ちを考えると、笑いが込み上げてきた。
だって、彼女がいくら詮索したって分かるはずがないから。恭太と哲也の血液型は一緒だし、自分たちがいつ関係を持ったのかなんて知るはずもない。
「ほんと、困った人ね」
独りごちて、スマホの中にある【恭太】を着信拒否設定にする。
子供はあと数ヶ月で産まれる。認知してもらうその時には、この家も大きく変わっているだろう。自分が描く和菓子屋に。
元来、和菓子屋、なんていう言葉は日本には存在しなかった。外国の菓子が入ってきたことによりよって、国内にそういう呼び名が生まれたのだ。
和の菓子とは、茶が主役でありそれを妨げないような菓子が美徳とされてきた。だがそれが今はどうだ。
緑茶を飲む日本人がどれくらいいるのか。ミネラルウォーターだとか炭酸水が良いとか言われる現在において、日本の菓子は奥へとやられてしまった。
ならば、やり方を変えるまでだ。
生き残る道に。
落雁は、殻粉や砂糖、水飴などを丁寧に使い、作られる。カラフルで日持ちするそれは、外国人にもとても人気だ。ここに栄養価のあるものを足してもっと日持ちさせる技術をつければ……。
その為の人材の確保は半分以上出来ていた。志乃の頭の中には、すでに未来は描かれている。
必ず、この目的を達成させてやる。この子を産んで、姉の得意とする生菓子に匹敵するほどの市場を手に入れてやる。
……そうそう。どうやら、姉にはどうも子供が授からないようだから。
「そこは、わたしが一足お先に、ね」
くすり、と笑って志乃はトイレの扉を開けた。
仮に、もしもこの子が恭太の子だとなっても困らない。
その時には全てが整っているはずだから。綾波から離縁など申し出られないはず。
「ちゃんと元気に産まれてきてね」
志乃はお腹をさすって、優しい声をかけた。
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