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恭太は呆然としていた。
彼の白い割烹着は、隅の方が少し汚れていて、本日の多忙さを物語っている。昼の休憩時間をなんとか確保して志乃に連絡をしたのに、突如として切られてしまった。頭の理解が追いつかなくて、立ちすくんでいた。
「倉持くーん」
同期の霧島が呼んでいる。
大声で呼ばれているが、そんな事どうでもいい。どうして志乃さんは俺の連絡を切ったのか?
「いた! こんな所にいたのね!? さっきから捜してたんだよ」
「ああ……」
どうしたの? と訊かれて答えられずに曖昧な返事で誤魔化した。
どうして志乃さんは俺を切ったんだ? 今もまた綾波の家にいるのか? 子供の事はどうなってるんだ? もっと話しがしたいのに。忘れてってどういう意味なんだ? あなたの為って言われても理解できない。
恭太は次々と煩悶する。
「ねえ、新しい商品開発の件だけど……」
「なに?」
「やだ、怖い顔してる。そんなに気に入らなかった? 相も変わらず本店の大福に力を入れるっていうのが?」
全く的はずれな事をつついてくる霧島を放ったらかしにして、恭太はスマホを持ち直して持ち場へ戻ろうとした。
「倉持、ちょっとこっちへ来い」
そこへ、先輩の大村が声をかける。
「聞いたか? お前の発案したピスタチオクリームの焼き菓子が通ったぞ」
「はい。聞いてます」
「なんだ? 嬉しくないのか?」
大村は共に企画に携わってくれた。本来ならば嬉しくて肩を叩きあったかもしれない。しかし、今の恭太は、そんな気持ちにはなれなかった。
「お前、最近変だぞ? 今夜一緒に飯でも食いにいくか?」
「……え? あ、ええ」
訝しむ大村の誘いを受け流すと、気が気でない恭太は、トイレの個室へと急いで入った。
そしてもう一度、志乃に連絡をする。
志乃さん、会いたい。
『おかけになった電話番号は、お客様の希望によりお繋ぎできません』―――。無情にも同じメッセージが流れる。恭太は背中に汗が落ちていくのを感じた。ひんやりとして、頭の後ろが痺れる感覚に陥る。
あなたの事を考えて一心に頑張ってきて、やっと新しい企画が通ったのだと伝えたかった。従来通りではダメよ、というあなたの言葉を信じて頑張ったんだ。褒めてくれると信じてた。
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