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それなのになぜ、着信拒否までされてしまうのだ? 夕方いっぱい現場で働き続けて、大村に誘われるまま飲み屋の暖簾をくぐった。この店は先輩の行きつけらしい。入った途端、まろやかな出汁の香りがする。 「いらっしゃい。空いてるお席へどうぞ」 少し色気のある女将が声をかけてくれた。コの字のカウンターに座ると、生ビールを2つ頼む。 「とにかく食え。最近まともに飯も食ってないんだろう」 どこから聞いた情報なのか、大村は恭太を心配して、卵焼きと唐揚げ、そして牛すじの煮込みをオーダーしてくれた。 「なあ、俺が前から気になっていたことがあるんだが……」 大村は細い目をより一層細くして、大きくため息をついた。 「お前、志乃お嬢さんの事が好きなんだろう?」 「へ……?」 差し出されたビールグラスを思わず倒しそうになる。 「分かりやすいんだよ、あの人がいなくなってからお前はおかしくなった。ボーッとしたり独り言いったり……」 「そ、そうですか……?」 「真面目な奴ほど女に人生狂わされるしな」 ケロッとそんなセリフを吐いて、大村はお手ふきで丁寧に指の一本一本拭いた。 「志乃さんはそんな事する人じゃないんです。だいたい、好きじゃないですし」 「は……っ、よく言うよ。顔に出てるんだよ」 出された生ビールで乾杯をしてあおると、大村は熱にうかされている後輩に声をかけた。言葉を選んで。 「いいか? あの人は明確なビジョンを持った生粋のお嬢様だ。それに比べてお前は学生上がりで弟子入りしたただの菓子職人。住む世界が違うだろ?」 「……俺は……ただ……」 恭太は言葉が出なかった。大村が何を言いたいのか分かっている。 「もう、ヤッたのか?」 「え……っ」 「ホントに分かりやすい奴だな。志乃お嬢さんもいけねえな。こりゃ」 「違うんです。そんなんじゃないんです」 否定したが遅かった。大村は「まあ、そんな事はどうでもいい」と吐き捨てるように言うと、恭太の背中をそっと撫でる。 「お前の後に入った笹野とかいるだろ? あいつらはお前の後ろ姿見てるんだよ。だからもうちょっとしっかりしてくれ」 「はい……」 そうだ。自分には後輩たちがいる。
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