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店の明かりがほんわりと恭太の顔を照らしている。嘘をつかない精悍な横顔は、苦悶に満ちていた。それを見て、大村は言葉が詰まる。冗談ですら出てこない。
「……俺、志乃さんが好きです」
ハッキリと強く言った。
「倉持……」
追加のビールがくる。大村は恭太の肩を抱き寄せると、ポンポン、と力強く叩いた。
「彼女……本当は優しい人です。その不器用な所が好きなんです」
「…………ま、食えや」
「……はい」
これはちょっとの事じゃないぞ。厄介だ。大村はそれ以上二人の事を追求するのを止めた。
こんな年下に手を出して綾波の方へ行った志乃さんは何を考えてんだ? 逆にフツフツと腹の中に怒りが煮立ってくる。
「……この前、宮田さんが綾波の塩大福を買ってきたじゃないですか」
「あ? そうだな」
数日前、秘書の宮田が興味本位でスーツ姿のまま、何個か買ってきたらしい。
「俺、ひとついただいたんですよ。すぐに分かりました。あそこの餡子は美味いです。きっと北海道の紅紫かと思います。丁寧にアクを取って水にも拘りを持っている。あそこは生菓子でいくべきでしょ」
「そうかぁ……。ま、噂は聞いてたがそうだったか」
「あそこで落雁だなんて、そんな洒落たもん作ってどうするんですかね」
「倉持……」
「間違ってますよ。全部」
恭太はそれ以上喋らなかった。
大村も追求しなかった。ただ、後輩には栄養をとって欲しいと思い、刺身の盛り合わせを追加注文をする。
「ここの日本酒はうまいぞ。飲むか?」
「はい……」
蔵元から特別に提供されたのだという日本酒を恭太はペース良く飲み干した。
「恭太、俺が一度志乃さんと話をしようか?」
酔いが回って赤い顔になった彼に対して、大村はダメ元で提案した。
「いえ、いいんです。これは……俺がきちんとしないといけない事なので」
その生真面目さがお前の怖いところでもあるんだけどなあ、と呟いて、「ダメになりそうな前に俺にちゃんと相談しろよ」と釘を刺す。恭太は聞こえているのか、トロンとした眠たそうな目つきで頷く。
「さて、締めは……これなんかどうだ? アサリ出汁のラーメン」
これがまた美味いんだと誘うと、恭太は意外にも首を横に振った。
「おにぎり食べたいです」
「おにぎりぃ〜?」
「はい。鮭おにぎりがいいです」
それを頼むと、恭太は喜んだ。子供のように。
「なんで鮭おにぎりなんだよ?」
自分はアサリのラーメンをすする。不思議な奴だと思い、訊ねると恭太はニコッと笑った。
「昔、志乃さんが作ってくれたんです」
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